表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/10

8話

 王国。

 王城の一室で、勇者ロベルは一人、机に拳を叩きつけていた。


「ふざけるなよ……!」


 重厚な木の机の上には、いくつもの報告書が散らばっている。


『南東の村、瘴気消失』

『村人多数命拾い』

『聖女と思しき人物の目撃情報』

『直後に魔王出現、聖女を抱えて退く』


「どういう事だよ、これは」


 喉の奥から、笑いとも怒鳴りともつかない声が漏れる。


「俺が“役立たず”だって切り捨てた女が、なんで今さら“村を救った聖女様”みたいな顔してんだよ」


 自分で言っていて、めちゃくちゃな理屈なのは分かっている。

 村が救われたのなら、本来は喜ぶべきだ。

 そもそも――クララを捨てたのは、他でもない自分だ。

 それでも、胸の奥に湧き上がってくるのは、祝福なんかじゃない。


(俺が要らないって言った時は、黙って俯くしかなかったくせに)


 あのとき、クララはただ涙をこらえていた。

 言い返しもせず、喉まで上がった言葉を飲み込んで、黙って受け入れていた。


(なのに、なんで――魔王の隣で、そんなふうに力を使えるんだよ)


 勝手な言い分だと分かっていても、脳裏に浮かぶ。

 クララが、別の男の隣で、あの柔らかい笑みを浮かべている光景。

 自分には向けたことのない、心の底からほっとしたような笑顔で。


「勇者様」


 扉の向こうから、神官服を着た男が現れた。

 教皇の側近のひとりだ。


「落ち着いてください。あれは、魔王が聖女様の力を利用しているに過ぎません」


「利用……?」


「ええ。聖女様の本意ではないでしょう。魔王の呪いによって、嫌々従わされているのです」


「クララが……」


 言葉を反芻しながら、ロベルは眉をひそめた。

 クララが、操られ嫌々従う姿なんて、うまくイメージできない。

 いつだって彼女は、笑っていた。

 苦しいはずなのに、誰かのために無理をして笑って、祈り続けていた。


(あいつが、自分から魔王の側に行くなんて――そんなはず、ない)


 胸の奥が、じくじくと嫌な痛みを立ち上らせる。

 それは罪悪感なのか、嫉妬なのか、自分でも分からない。

 分からないからこそ、別の感情にすり替えたくなる。

 神官は、ロベルの顔色を伺いながら、ことさらに穏やかな声を重ねた。


「ですから、勇者様」


「……なんだよ」


「“聖女を救い出す”という大義名分は、以前にも増して強くなりました。あなた様が聖女様を取り戻し、魔王を討つ――民は、その物語を望んでおります」


「物語、ね」


 その言葉に、ロベルの肩がわずかに震える。

 民が求めるのは、分かりやすい英雄譚だ。

 勇者と聖女、魔王を倒して世界を救う、美しい話。

 そこに、自分の「間違い」なんて混ざってはいけない。


(あれは俺の責任じゃない。瘴気の影響が出てたクララを、王都から遠ざけただけだ)


 心の中で、何度も言い訳を塗り重ねる。

 “追放”じゃない、“世界のための決断”だ。

教会だって別の聖女を見つけてきたんだ。このままじゃ自分も教会も民衆から懐疑的な視線を向けられる。そんな事はあってはならない。

 そう言い聞かせておかないと、自分が保てない。


(なのに、あいつは。俺じゃなくて、魔王のために力を使うのかよ)


 胸の真ん中で、ぐつぐつと煮え立つような感情がわき上がる。

 悔しさか、情けなさか、あるいは「取られた」と感じる幼稚な独占欲か。


(……俺の婚約者だったくせに)


 もう“だった”でしかないのに、心のどこかがしつこくそこにしがみつく。


「勇者様」


 神官の声が、そのしがみつきに都合のいい形を与えてくる。


「聖女様は、今きっと苦しんでおられます。魔王に囚われ、無理やり力を搾り取られ、心を蝕まれているに違いありません」


「クララが……苦しんでる」


「ええ。あなた様のもとから引き離され、魔王の呪いに縛られ――どれほど怖い思いをしていることか」


 それは、ロベルの中にある“都合の悪い事実”を、巧妙に塗り替えてくれる。

 捨てたのではない、引き離されたのだ。

 手放したのではない、奪われたのだ。


(そうだ、俺は――被害者だ)


 そう思えた瞬間、胸の奥の苦さが少しだけ薄れる。

 神官の言葉は甘い毒だ。

 突き刺さっていた罪悪感を、“英雄の使命”という綺麗な包装紙で、ぐるぐると包み隠してくれる。


「……分かっている」


 ロベルは、拳をぎゅっと握りしめた。


「クララを、魔王の手から取り戻す。俺がやるべきことは、変わらない」


 自分で言いながら、どこかほっとしている自分に気づく。

 この言葉を繰り返している限り、あの日クララに向けた残酷な一言から、目を逸らしていられるからだ。


(俺が間違ってたんじゃない。魔王が悪い。全部、あいつが)


 心の中で誰かを悪に仕立て上げながら、ロベルは自分自身を縛りつける。

 “勇者”という役柄から降りないために。

 その背中にまとわりつく、うっすらとした黒い靄が、静かに濃さを増していく。

 だが、それに気づく者は、まだ誰もいない。


***


 さらに少し後。

 魔王城では、とある会議が開かれていた。


「というわけで、本日より“魔王城瘴気対策・浄化部隊”の結成を宣言する」


 玉座の間で、ゼルディアスが高らかに宣言する。

 左右には、角の形も尻尾の大きさもばらばらな魔族たちがずらりと並んでいた。

 みんな、緊張した顔で前を向いている。


「隊長は、聖女クララ」


「た、隊長!?」


 わたしは思わず声を裏返した。


「副隊長に参謀のダクト、現場指揮官にライラ。あと、リーゼは書類とスケジュール管理を」


「「はっ!」」


「かしこまりました」


 兵士が礼を、リーゼが優雅に一礼する。


「ちょ、ちょっと待ってください、ゼルディアス様」


「どうした?」


「わたし、聞いてないんですけど。隊長って」


「今言った」


「今言われても困ります!」


「さっき“前向きに検討する”って言ってたから、前向きに決定した」


「検討の時間どこ行きました!?」


 玉座の間の端っこから、くすくす笑いが漏れる。

 ニコが、わくわくした顔でこちらを見ていた。


「クララ様隊長だって! かっこいい!」


「ニコまで」


「隊長、よろしくお願いします!」


 ぴしっと敬礼されてしまい、もう逃げられない空気になる。


「……分かりました」


 観念して、前に出る。

 魔族たちの視線が、一斉にこちらに集まった。


「初めましての方も、そうでない方も。聖女クララです。……まぁもうその肩書もあまり意味はないですけれど」


 深呼吸をひとつ。


「わたしは、世界中を一人で走り回って、たくさん失敗しました。倒れたり、怒られたり、捨てられたり……」


 端っこでゼルディアスが「怒ったのは僕だな」と小声で言うのが聞こえた気がするが、無視する。


「だから、これからは、“一緒に”やりたいです」


 言いながら、自分の言葉に驚いた。

 こんな台詞を、自分の口から言う日が来るとは。


「わたしは、皆さんに瘴気の読み方と、浄化の基本を教えます。その代わり、皆さんはわたしの手足になってください」


 魔族たちの顔が、少しずつ引き締まっていく。


「わたし一人じゃ届かなかった場所にも、皆さんがいれば届きます。……世界を救うなんて大げさなことは言いません」


 ちら、とゼルディアスの方を見る。

 彼は、口元だけで笑っていた。


「目の前で倒れている人を、一人でも多く助けたい。そのための隊です」


 言葉が、自然と出てきた。

 この城に来る前は、“役目だから”と自分に言い聞かせていた気持ちが、今は少し違って聞こえる。


「どうか、力を貸してください」


 頭を下げると、しばしの静寂のあと――。


「お、おおおおおっ!」


 玉座の間に、魔族たちの雄叫びが響いた。


「聖女隊長についていくぞー!」

「おー!」

「世界を……いや、目の前の誰かを救うために!」

「おー!」


 どさくさに紛れて、ゼルディアスが小声で付け加える。


「あと、隊長の無茶を止めるために」


「そこ、変なことを強調しないでください」


 笑い混じりのざわめきが、玉座の間を包んだ。

 ……その裏で、“聖女を奪還すべし”と燃える勇者と教会が、着々と「物語」を進めていることなど、まだ誰も知らない。


面白い!と思ったら是非★★★★★をポチッとお願いします!

感想やレビューも是非お寄せください!皆様からの応援を励みに執筆頑張ります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ