8話 浮上した年上疑惑
あの後、衛兵を呼んで奴隷商人たちを拘束してもらった。少しの取り調べは受けたものの、こんなか弱い幼女とローブを着たイケメンを疑う者はおらず、すぐに終わった。
「⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯んだよ」
「やっぱり納得がいかなかったり、理解はできてたりするのです!」
「納得がいかなくても、理解できてんだから別に良いだろ」
全然良くないのです!だってだって、急におにーさんがデレるだなんて、明日は隕石でも降るですか?!それくらいありえないし、信じられないことですだよー!
私は今、心のなかで文句を言いながらも、宿の部屋にある寝具の上でおにーさんと向かい合うように座り、彼に対して尋問を行っていた。
「⋯⋯納得がいかないと、警戒心だって解けにゃいのですよ」
「納得も何も、さすがに俺も子供に対する態度がなってなかった。それだけだ、さっきも言っただろ」
「それだけだから怪しいんですよぉ〜!」
そんな単純な理由に、このリーシャちゃんが騙されると思うなよ〜!
子供に対する態度がなってなかっただけなら、今まで幼女に触られるのが無理だったのにも関わらず、何で門の前で急に抱っこしてくれたんですかぁ〜?おかしいっすよね〜?!
私が近くにある枕をポフポフと殴ると、おにーさんに私の気持ちが伝わったのか、急に観念したような表情で真剣な雰囲気を醸し出した。
「わぁーったよ、正直に言う」
「⋯⋯ゴクリ、です」
おにーさんの醸し出す真剣な雰囲気に飲まれて、静かに彼の口から告げられる言葉を待つ。
「⋯⋯俺は自分に対して好意を持った女が苦手だ。そして、好意を持っていなくても、年上の女が苦手⋯⋯というか嫌いだ」
「いや、それは知ってます。だから、何で急に優しくなったのかをですね⋯⋯」
何を当たり前なことをと思いながら、おにーさんの言葉をさらっと流せば、当の本人は顔を耳まで真っ赤にして叫んだ。
「俺は最初、お前のことを年上だと疑ったんだよ!!」
「⋯⋯⋯⋯へ?と、ととっ、年上っ?!」
き、ききっ、聞きましたか?今、こいつ私に対して年上とか言いやがりましたよ?
こ、このいたいけな幼女⋯⋯とはいかなくても、少女に年上?そりゃあないでしょー!
「いやいやいや、確かに?見た目は8歳か9歳かもしれませんが?15か16歳のイケメンよりはどー見たって年下でしょーがっ!」
「⋯⋯いや、正直お前は5歳か6歳にしか見えないぞ」
「えっ?マジすか?!⋯⋯って今はその話じゃなくて!」
やっぱりあの衛兵のおじさんの目が悪かっただけで、私の見た目はちゃんと幼女だったことに嬉しくなってしまった。
くっそ、5歳か6歳にしか見えないのなら年齢だってそう言えばよかった!あぁ〜、無駄に4歳くらい年取っちゃったなぁ。
「じゃあ、お聞きしますけども!そんな5歳か6歳にしか見えない私が、おにーさんよりも年上っちゅーのはどーいうことすか!」
「⋯⋯お前、俺に回復薬のお礼って魔法見せた後に正体晒したの覚えてるか?」
「覚えてますよー?言っちゃった後で、内心めちゃめちゃ爆焦りだったので、結構記憶に残ってますねー」
⋯⋯あのときはすごい焦ったなーと、私が遠い目をしながら言えば、おにーさんの顔は真っ赤から段々と普段通りの色へと戻ってきた。
「それでハーフエルフだって言われた時に、俺はお前のことを年上だと思ったんだよ」
「⋯⋯⋯はぁ?何でですのん」
「いや、エルフって長命なのに見た目は変わらないんだろ?だからハーフエルフもそうだと思って⋯⋯」
そう言って、段々と俯いていくおにーさんの言葉は嘘じゃない気がした。しかし、だとするならば私はエルフのせいで風評被害にあい、おにーさんに年上だと思われていた、ということになる。
「⋯⋯ハーフエルフは、見た目がエルフにちょっと近くて、魔法が使えるだけですよー。このハーフエルフ特有の灰色の髪も、人間からしたらすごく見える魔法も全部、エルフには劣るし、嫌悪の対象なんですよ」
私が静かにハーフエルフについて喋りながら、自分にかけている隠蔽魔法を解除する。寝具の上にギリギリつかない程度の長い黒髪は、銀髪のエルフが嫌う灰色へ。
そして、何処にでもいそうな町娘と同じ色だった茶色の目は、血が一液垂らされたかのような深い赤色へと変化した。
「おにーさんには前にも見せましたねー!これが私の本当の姿です。ハーフエルフが灰色の髪をしているっていうのは、結構巷じゃ有名な話なんですよー?おにーさんは知らなかったみたいですだけどー」
自分の姿のはずなのに、普段から隠蔽魔法をかけた姿に慣れすぎていたせいか、何だか落ち着かない。
おにーさんに会いたくなくて、そわそわしていたときとは別のそわそわ感が、私の胸を支配する。
「⋯⋯正直、怖いですよ」
「⋯⋯⋯⋯」
「ハーフエルフって悲しいんです。エルフからは、人間の血が流れてるなんて汚い、醜いって言われていじめられるし、人間からはエルフよりも全然弱いからと捕まえられて、奴隷にされるんです」
声のトーンを落としてハーフエルフについて言えば、おにーさんも黙り込んでしまった。
⋯⋯⋯何だか、上手く喋れていない気がする。もっと明るく、楽しそうな喋り方の方が、周りから好かれるって分かっていたはずだった。
だから、明るく元気よく喋り続けた。なのに、おにーさんの前じゃそれが今、できていない気がする。
「⋯⋯今日は疲れちゃったからなのか、本音がドバ〜ッと出ちゃった気がしますねー!ちょっと恥ずかしいっすなぁ」
いつもどおりに、周りから好かれやすい元気な笑顔と明るい喋り方をすれば、何ともなくなる。
こんなこと、ハーフエルフだったら当たり前のこと。弱いお前たちが悪いのだと、よく言われたものだ。
「⋯⋯⋯⋯」
「え、え〜っと⋯⋯せっかくだし、おにーさんがさっきくれた木の実を食べようかな?でもやっぱり───」
「同じだった」
私が木の実を置いた棚へ向かおうと、寝具から降りようとすれば、小さな声でそう呟いたおにーさんに左腕を軽く掴まれて、後ろへと引っ張られる。
倒れてもどうせ寝具の上だからいっかとか思って、特に抵抗もしないでそのまま後ろに倒れ込めば、頭がゴツンという音を立てて何かとぶつかった。地味に痛い。
「⋯⋯?おにーさ──」
「同じだったんだよ。俺が嫌いな奴が俺にしていたことと、俺がお前にしてたことが」
私の頭とぶつかったのは、あぐらをかいていたおにーさんの膝だったらしい。上からジッと見下ろしているおにーさんに顔を両手で挟まれて、口の中の空気をプシュッと抜かれる。
⋯⋯しかし、困った。顔が固定されてしまったんじゃ、目をそらすことは難しいし、大人しくおにーさんの話を聞くしかなくなる。
「ほーだったんでひゅかー?でんでんわかんなかったでひゅよー?」
「⋯⋯俺、お前に冷たい態度をとり続けてたよな?」
「まぁ、多少はダメージありましたけどそこまでじゃないっすなぁ。別にいつものことですっしー」
「⋯⋯⋯」
少しおちゃらけた口調でそう言ってしまえば、おにーさんはまた黙り込んでしまって、私も気まずくて思わず黙ってしまった。
「⋯⋯まー、もう気にしてませんよ。警戒はしてますけど」
この気まずい空気をぶち壊すためだけに口を開いてそう言えば、おにーさんは私の顔にそえていた両手を離した。
「⋯⋯こんだけ俺は本音も言ったのに、まだ警戒してんのかよ」
「当たり前です!おにーさんはイケメンですから、その時点であんまり信用できないんすよ!」
私が寝っ転がった状態のままそう言えば、おにーさんはそこまでイケメンか⋯⋯?とか言いながら、自分の顔をこねくり回した。
そんなおにーさんに言ってやりたい。
⋯⋯おにーさん。あなた今、全世界の男性を敵に回しましたよ。




