7話 戦闘力皆無の幼女
「───アーシェおにーさんっ!!」
「怪我はあるか」
「⋯⋯はは、無いでごじゃいますよ!」
あれだけ会いたくなくて、冒険者ギルドから離れるように走っていたはずなのに、いざおにーさんの姿を見たら安心してしまった。
私のことを捕まえようとした奴隷商人の三人組に付いてだが、あの三人はおにーさんに魔法をかけられて、今では地面に横たわっている。
⋯⋯うわぁ、これ幻覚の魔法?結構グロいの見せられてるじゃん、やばぁ。
私のハーフエルフの目なら、かけられた魔法を見抜くなんて容易いことだが、今は見なきゃよかったと猛烈に後悔してる。おにーさん、えげつねぇ。
「おにーさん、よく私のこと見つけましたねー。私ですら、自分自身が何処にいるか分かってなかったのにぃ」
「⋯⋯お前のことを見てないか、聞いて回った。こっちの裏に入ったのを見たっていうやつがいるから、そっちに行こうとしてたとこだったんだよ」
「おぉー、マジでいいタイミングでした!後、ちょっと遅かったら、私の魔法でチョチョイとやってやるところでしたよぉ〜!」
私がそう言って、魔法ではなく殴るようなポーズをとれば、おにーさんはまだ少しだけ震えている私の体を軽々と片手で抱き上げた。
「おわっ?どーしたですんか、おにーさん」
「⋯⋯奴隷商人を倒すためだけに魔法を人前で使うな。バレるぞ」
「うぐっ、それはそうですけど⋯⋯」
じゃあ、どうやって戦えばいいんだよっ!魔法が無かったら、このか弱い幼女?少女?である私には身を守る術がないっていうかぁ。さすがに、こんなちっちゃくて可愛らしい私に、成人男性とやりあえるだけの物理的な戦闘力はないっていうかぁ⋯⋯⋯ねぇ?
私が心のなかで不満をあらわにしていれば、おにーさんは普段とさほど変わらない表情で、いつもじゃ絶対にありえないようなことを私に言った。
「⋯⋯また襲われそうになったら、俺を呼べばいい」
「⋯⋯⋯⋯ほへ?」
「聞こえなかったのか?俺を呼べばいいっつったんだよ」
「⋯⋯ありゃま?口の悪さはおにーさんなのに、言ってることはおにーさんじゃないっ!」
何か、さっきからおにーさんが優しすぎる。さっきからと言うか、この町の宿に着いてから!え、怖い怖い。マジで売られちまうのか?!
⋯⋯もしかして、私に怪しまれないように仲間同士で戦って、油断したとこをガッと?
「んなわけねぇだろ」
「⋯⋯げっ?声に出てました?」
「俺が優しいって言ってるとこからな」
「そ、それは⋯⋯なんともお恥ずかしいっすな」
私が大げさに照れたように頭をかくと、おにーさんは私を抱っこをしていない方の手を魔法鞄に突っ込み、宿でもくれた木の実を私に差し出す。
「⋯⋯どうせ、警戒してさっき渡したやつは食ってねぇんだろ。毒は入ってねぇから⋯⋯ほら」
おにーさんは私が木の実を受け取る前に一口かじって、毒が入っていないことを証明してみせた。
まぁ、毒が入ってないなら食べてもいいかと思って、おにーさんから木の実を受け取ってかじる。
「───っ!美味しい⋯⋯」
「だろ?さっき渡したやつも後で食えばいい」
⋯⋯何だ、毒入ってなかったのかぁ。じゃあ、さっきのも食べればよかった。
でもさぁ、あんだけ冷たかったおにーさんが、契約終わった瞬間に優しくなるとか、警戒するに決まってますやん。おにーさんイケメンだし、何するかわかんないから怖いし。
そう思って、私のことを抱っこしてくれてるおにーさんの方を警戒しながら見ると、さっきの冒険者ギルドで美女に囲まれているのとは別に、すごく顔色が悪そうだった。
よくよく見れば、私の髪結いの紐でまとめられていたはずの長い金髪が下ろされている。魔力で簡易的に作ったものだったから、消えてしまったのかもしれない。
となると、おにーさんはあまり魔力を回復できていなかったのに、魔法を使ったことになる。
「⋯⋯⋯⋯」
「おにーさん、早く宿に戻りましょう!」
⋯⋯魔力が枯渇しやすいのに、いきなり幻覚の魔法なんて使ったら、魔力がすぐに底を突くのはわかっていただろーに。
おにーさんは、魔力を限界まで使って魔力切れを起こしてしまったからか、すごく具合が悪そうだった。魔力切れになると、吐き気とか目眩とか一気に襲ってくるからなー。
今、ここじゃ人に見られる危険があるから幻影の魔法や髪結いの紐を作った創作の魔法は使えないし、なるべくはやく宿に戻って魔力を回復しなきゃいけない。
「⋯⋯⋯いい」
「え?いやいや、宿に早く戻りましょうよ!そのままだと悪化しますよ?」
あの魔力切れをほっとくと、ただでさえ枯渇しやすいおにーさんの魔力が、さらに枯渇しやすくなっえしまうだろう。そうなると、回復に持ってかれる私の魔力量も増えちゃ、うし⋯⋯?
⋯⋯あれ?何で私、この先もおにーさんの魔力を回復し続けることを前提で考えてるんだろう。
魔法契約が終わったから、もう私はおにーさんと一緒に旅をしなくてもいいのに。
「このまま魔力流してくれ。それなら、周りにお前の正体だってバレないだろ」
「いやっ、でも⋯⋯⋯」
「でも?」
何か駄目な点でもあるか?という表情をして首を傾げるおにーさんに言ってやりたい。
旅の途中で、女だからと髪に触ろうとした私の手を思い切り振り払ったのは何処のどいつでしたっけねぇ〜?!
つか、おかしいんすよ!足が疲れて、町に着く前に抱っこしてくれたときもそうだけどさぁ?何で急に女なのに私に触れられるようになってんですだよ?!あのときは足痛かったし、あまりに疲れてたから気にしてなかったけど、冷静に考えるとおかしいよねぇ〜?!
「⋯⋯おにーさん、女性が苦手だったのでは?ろうにゃにゃくなんにょ問わずー」
私が恨みがましい視線でおにーさんのことを睨めば、自分の顔面の良さを活かしたシュンとした顔で私のことを見つめ返した。
うげぇ、マジでどんな顔してても絵になるイケメンって良くないわー。これだから、多くの美女が放っておかないんすよ。
「⋯⋯悪かったと思ってる」
「うぐっ。⋯⋯も、もう大丈夫なんですね?信じますよぉ〜?」
あまりの顔面の良さに負けて、抱っこされたままおにーさんの首に抱きついて魔力を流せば、少しは拒否感があったからなのか、私を抱っこする手に力がこもった。
まぁ、外部から魔力を取り込むのと、内部に直接魔力を流すのはだいぶ違うからなぁ。最初は大抵の人が自分じゃない魔力が入り込んで気持ち悪くなって、もっと暴れるはずだけど、おにーさんは大人しいなぁ。
「⋯⋯どーですか?気持ち悪いと思ったりするんですけどぉ」
「そこまでじゃない」
私が抱きついて魔力を流すのをやめて、おにーさんの顔色を確認すれば、さっきよりは血色感が戻ってきた気がする。
「⋯⋯そういえば、この奴隷商人さんたちがあんなに大声をあげてたのに、衛兵の人たちどころか、周りのお店の人も全然気づきませんね」
ギリギリ暗いところとはいえ、お店がいっぱいある明るいところにめちゃくちゃ近いのに、誰もこちらを見ようとしない。誰も気づいていないのだ。
「まぁ、防音魔法かけてるからな」
「⋯⋯⋯え?今もですかー?」
「あぁ、お前の正体についてとか周りに聞かれちゃいけない話してるしな」
「阿呆ですか!何で魔力枯渇しやすいのに、そんなにバンバン魔力使っちゃうんですか!そりゃあ、具合も悪くなるに決まってますよ!!」
防音魔法が今もかかっているという、おにーさんの言葉を信じて、大声で彼の体をポカポカと叩きながら怒る。くっそ、か弱い私の力では大したダメージは入らなかったか!
「⋯⋯もう回復したからいいんだよ」
「私のおかげってこと、忘れないでくださいねぇ〜?おにーさん、もともとの魔力量がかなり多いから結構、回復するときに私の魔力持ってかれるんですよ」
「いつも助かってる」
「⋯⋯いつもっていうほど、やってませんですけどねぇー」
私が眉間にしわを寄せてそう言えば、おにーさんは笑いを堪えたような顔をした。笑いたきゃ、笑えばいーんじゃないっすかねー?!
別に、おにーさんと違って私はイケメンじゃないので、眉間にしわ寄せた顔は絵になることはなく、あなたが笑いをこらえるほどの顔面になっているんでしょーね?!
「⋯⋯笑いたきゃ、笑えばいーっすわ」
不貞腐れながらそう呟けばおにーさんは、じゃあ遠慮なくとでもいうように、急に顔からは想像がつかないほど豪快に吹き出した。




