5話 尾行大作戦
「⋯⋯ちょっと怖いのです」
「何がだよ」
「おにーさんが親切すぎて、逆に怖いのです!!」
何と、おにーさんは私が宿に泊まることを許してくれたのだ!しかもお金も払ってくれたし、一つしか部屋が空いてないって女将さんが言ったら、それでいいって言ってた!!
お金を払ってくれるどころか、一応女の私と同じ部屋に泊まるなんて⋯⋯このおにーさん誰かと入れ替わってるでしょ!!
「⋯⋯失礼すぎないか?」
「だって!町に着いたら、契約は終わりです!!奴隷にされないか警戒するのは、当然のことじゃったりするんすわ!」
「⋯⋯それもそうだな」
そう言いながらも、おにーさんはどんどん荷解きをしてく。えー、そんなに無防備でいいんですかー?
まぁ、私もおにーさんのことを攻撃するつもりはないけど、それじゃあ警戒してる私が馬鹿みたいじゃないですかー!
「⋯⋯これ食うか?朝ご飯食ってから、今日は何も口にしてないだろ」
「やっぱりおかしい!おにーさんがこんなに親切なはずがない!やっぱり所詮はイケメン⋯⋯売られたくないよー!!」
おにーさんが魔法鞄に手を突っ込んで漁ったかと思えば、不思議な色をした前世でも見たことがない物を取り出した。
おにーさんの言葉を聞くに、多分木の実とか何だろう。でも、毒があったりしたらどうしよう。
そう思ったものの、恐る恐る受け取っておく。最悪の場合、食べないで捨てればいいし⋯⋯ちょっともったいないけど。
「⋯⋯おい、静かにしろ。他の奴らに誤解される」
「うぅ、事実を言っただけなのにぃ。ぐすん」
「⋯⋯そんなに、俺のことを信用できねぇのかよ」
え?何か今、とても当たり前のことがおにーさんの口から聞こえた気がする。
「⋯⋯?魔法契約があるならまだしも、今はもう無いんですだよー?何で信用の話になるですのー?」
「───っ!別に、何でもねぇよ」
「そうですかー?」
私がそう言えば、おにーさんはなぜか傷ついたような顔をした。魔法契約が果たされた今、おにーさんが私のことを奴隷にしようとしても、止められるものは何もない。
「⋯⋯⋯⋯ちょっと出かけてくる」
「⋯⋯?はーい、いってらっしゃいですー」
怒ったり、悲しんだり、傷ついたり⋯⋯色んな感情がぐちゃぐちゃになったような、複雑なそうな顔をしながら魔法鞄を持って、おにーさんは部屋から出ていった。
私がおにーさんを信用してないという言葉に傷ついたのかなぁ。でも正直、魔法契約が無かったらやっぱり信用できない。
ハーフエルフはそれだけ、人間やエルフよりも弱い存在なのだ。奴隷にされた同族を助けようとしたら、今度は自分が引きずりおろされる。
「⋯⋯やっぱり、数日一緒に旅しただけのおにーさんをいきなり信用するのは難しいなぁ。人間の気持ちを考えることも、同じくらい難しい」
前世は人間だったとはいえ、それはあくまで記憶にすぎない。実際に経験しているのは、ハーフエルフとしての人生⋯⋯ハーフエルフ生?だから、人間の気持ちを考えるのは難しいなぁ。
「⋯⋯おにーさん、何処行ったのかなぁ」
普段だったら、絶対に気にならなかった。おにーさんが旅の途中で自分の側を離れて、魔物を狩りに行ったときも、木の実を取りに行ったときも、服を洗いに行ったときも、こんなに気になることはなかった。
「あ〜ぁ、今日はおにーさんのせいで変な感じだー」
どうしても、気になって落ち着かない。イケメンだし、絶対に⋯⋯いや多分?ろくな奴じゃないのにー!私のこと奴隷として売るかも知んないのになぁ〜!!
「⋯⋯よし、尾行しよう」
ここまで気になってしまったらもう仕方ない!奴隷商人みたいな人と、アーシェおにーさんが会っているとこを目撃しちゃえば、この不思議なそわそわ感も収まるはず!!
長めの黒髪を、赤色の髪結いの紐で高いところに結び、自分のななめがけのちっちゃな袋を肩にかける。
金目のものは⋯⋯ほとんど無いけれどこの宿の部屋には鍵がないため、一応寝具の下に隠しておく。
「おにーさんを尾行しようの旅へ!いざ出発〜!!」
* * *
「おにーさんはっと⋯⋯冒険者ギルドにいるみたい」
外に出て、おにーさんの居場所を探ってみれば、この町にある冒険者ギルドで私の魔力が感じ取れた。
おにーさんは私の魔力で作った髪結いの紐をしているため、私に場所が筒抜けなのだー!わはは!
「ギルルド、ギッルドッ!ギルドへれっつごー!」
「───あれ?さっきの黒髪のお嬢ちゃんじゃねぇか」
「⋯⋯⋯あ!衛兵のおじさんだ!」
先程、仮証を発行してくれたおじさんがラフな姿で横から声をかけてきた。もうお仕事は終わったのかなー?
「お仕事は終わりですかー?」
「あぁ。お嬢ちゃん⋯⋯じゃなくてリーシャだったか?」
「はい!リーシャって言います!」
「アーシェはどうした?」
そう衛兵のおじさんに聞かれて、なんて答えるか迷った。うぅ〜ん、ちょっと喧嘩しましたとかは言わなくていっか。おにーさんを探してるってことだけ言おう。
「今、おにーさんを探してるですー。どうやら、冒険者ギルドにいるかもしれないっぽいんですけれれども⋯⋯」
「冒険者ギルドにいるのか?」
「え、あ、はいっ!冒険者ギルドに行くって言ってました!」
そうだった。自分の魔力とはいえ、感知する魔法を人間は使えないんだっけ。おにーさんにはペラペラと話してたから、ついついおじさんにも話しそうになっちゃった。気をつけなきゃだなー。
「そうか。じゃあ、おじちゃんもついて行っていいか?」
「全然いいですよー」
「ちっちゃい嬢ちゃんが一人で歩いていりゃ、良からぬことを考える輩も多いからな」
「⋯⋯そんな人を町に入れないために、衛兵のおじさんたちが門で身分証を確認してるんじゃないんですかー?」
私が首を傾げてそう言えば、おじさんは眉を下げて困ったように笑った。
「そうだが、おじちゃんたちが頑張って確認してても、町の中で始めて犯罪をする人もいるからなー」
「そっかー、おじさんたちも大変だったりするんですねー」
「そうなんだよ。だから、町を歩くときはアーシェか、他の大人と一緒に歩くんだぞー?わかったか?」
「はーい!」
元気よく返事をして、おじさんから差し出された手を、私は力強く握り返して町を歩き始めた。




