3話 聞こえてしまった幻聴
「わーわわ、わっ!」
「⋯⋯⋯今度はどうした」
「暇なのです。歩いているだけだと、何もすることがなくて、つまんなかったりするんだですよー」
私が草原にいる魔物を見つける頃には、すでにおにーさんが剣で倒し終わっているため、私にはやることがない。
あまりに暇なので、私が斜めがけにしているちっちゃな袋から、おにーさんの分を作った後にまた魔法で作った、自分の分の髪結いの紐を取り出す。
「見てみてー!おにーさんと色違いの赤色の紐なの!これはね私の目の色なんだー!」
「⋯⋯お前の目の色は茶色だろ」
「この見た目はねー、隠蔽魔法を常に使ってるんだよ!ほら、よく見ると髪に隠れてる耳も、形が人間と一緒になってるでしょー?髪の色も本当のとは違うんだー!」
そう言って、私が自分で普段からかけている隠蔽魔法を解除してみれば、茶色の目は赤色に。
黒髪の肩よりも少し長かった髪は灰色へと、人間と同じだった丸い耳は、エルフと同じ少し尖った耳へと変化した。
「これが本当の私の姿なんだー。特に、この灰色の髪は銀髪のエルフに嫌われるハーフエルフ特有の髪色だから、皆隠すんだよー」
「⋯⋯でも、ハーフエルフにはありのままが見えるんだろ」
「うん!だからこの髪色を隠してても、ハーフエルフ同士は、あ!あいつハーフエルフなのに灰色の髪を隠してやがるぜ!ってわかるんだー!」
アーシェおにーさんに説明をして、もう一度隠蔽魔法をかけ直して元の姿へと戻れば、アーシェおにーさんは何か複雑そうな顔をした。
ん?どうしたのさ、おにーさん。
「⋯⋯お前、またハーフエルフについてのことを俺に話してんぞ」
「───はっ?!また、やっちゃった。でも、アーシェおにーさん何か不思議なんですよねー」
「⋯⋯⋯何がだよ」
「何か駄目なことなのに、話しても大丈夫っていう謎の安心感があって、ついつい口が軽くなっちゃったりするですー」
あんまり良くないとは分かっていても、おにーさんにはついつい話しちゃうなー。魔法契約書で私のことを奴隷にしません!って約束してるからかも。
魔法契約書って約束破ったら、魔力ごっそりもってかれちゃうし、信用できる!
「⋯⋯⋯」
「あれ?おにーさん、照れてるのー?」
「⋯⋯うるせぇ」
私がおにーさんは安心感があると言ったからか、おにーさんは自分の顔面を手で覆った。でも、すき間から見える顔や耳は赤いから照れてるのかも。
おにーさん、イケメンだからそういった姿も様になるっすね。ま、私がおにーさんを信頼してるとは一言も言ってないんだけど。
「おにーさん、可愛いとこあるんですねー」
「⋯⋯いい加減黙れよ」
「うぅ〜、ひどい。魔力がずっと枯渇してるおにーさんのために、いつもわざわざ魔力消費のデカい幻影魔法を使ってあげてる、幼女に向ける言葉じゃあないっすわ」
「は?何でお前、枯渇のこと⋯⋯⋯」
「⋯⋯バレてないと思ってたんですっすかー?ハーエルにはすっべてが見えてるんですよー?」
おにーさんの魔力が枯渇していることには、会ったときから気づいていた。通常、魔力は寝たら回復するけど、おにーさんの魔力は回復したらすぐに、その魔力が体の外に放出されてしまうのだ。
ぶー、だからいつも幻影魔法を多くの魔力を込めて発動してあげてたのに、そんなことを言うなんて⋯⋯。
「というか、そもそも!おにーさんは私の魔力に触れて回復したかったから契約を結んだのに、なんちゅーことを言うんですか!こんな愛らしい幼女に対して!!ひどいっすわ!」
「⋯⋯悪かったな。正直、魔力以外は本当にどうでもよかったんだよ」
「⋯⋯⋯うわ、マジモンの駄目なやつだ。やっぱりイケメンは大半がろくなやつじゃねーです」
私の考えは正しかったのだ!やはりイケメンの大半はろくなやつじゃない!おにーさんも例外じゃなかったな。
「⋯⋯おにーさんの魔力が、枯渇してることに気づいたから、私の魔力で作った髪結いの紐をあげたんですよ!私の魔力がそっから漏れてますよねー?」
「⋯⋯そう言えば、気づかない間にかなり回復してるな」
「私がわざわざ気を使ってあげたんですー!感謝したほうがよかったりするんです!」
「⋯⋯⋯はいはい、ありがとな」
そう言って、おにーさんは私にきちんと向き直り、呆れた顔をしながらも、いい笑顔でお礼を言ってくれた。
わお、笑った顔もイケメンっすなー。そりゃあ、幼女とはいえ、一応は女の私が触ったら拒否するわけじゃ。何か嫌なこといっぱいあったんだろーなー。
「⋯⋯おにーさん、すっごい道歩んでますねー」
「⋯⋯⋯何がどうしてそんな考えにお前が至ったのか、わからないのだが?」
「苦労してますねーってことでっせ」
「⋯⋯そうか」
おにーさんは相変わらず、私に冷たい態度をとるが、少しだけ。ほんのすこーしだけ、おにーさんとの距離感が縮まった気がする。
「ま、私空気を読んで気が使えるいー女にゃので!」
「⋯⋯おー、そうだな。いい女、いい女」
「ぬははは!いい女は将来、美人になるのですじゃよー?」
「⋯⋯⋯そうか?」
むむ、今のおにーさんの返事は肯定じゃなくて疑問形だった気がする。失礼な!私だって、これから成長したら美人になりますよ!今でさえ、こんなに愛らしい幼女なんだから!!
「なるに決まってます!」
「⋯⋯自信満々だな」
「当たり前っす!自信なんて、あってなんぼですよぉ〜!」
私が、今は絶壁な胸を張ってそう答えると、おにーさんは私の方をみて眩しそうに顔を歪めた。
お?どうしたんだ?やっぱり私が眩しすぎて、目を開けていられなかったりしたのか!!
「⋯⋯俺もそうすれば良かったな」
「?何言ってるんですー?これから自信満々になればいーじゃないですか!アーシェさん、あんたどうして過去形なんですの?」
「⋯⋯ふっ、お前と居ると調子が狂うな」
さっき以上の満面の笑みとなった、正真正銘のイケメンおにーさんが聞き捨てならないことを呟く。
おいおいおい、イケメンが心の底から笑ったからって、その言葉を見逃す幼女ではありゃあせんよ?
「何ですと!私はそれを悪口と捉えますぞ?!」
「⋯⋯褒めてんだろうが」
「えぇ〜?どこがぁ?」
「⋯⋯狂うあたりか」
「そこ一番ダメなとこじゃと思うんすけど」
このおにーさんよりもまともなことを言う日が来るとは思わなかった。だがしかし、狂うと言ったあたりが、褒めてるというのは納得がいかない。
それは一般的にけなされてる時に使う言葉だと思われる!⋯⋯多分!
「⋯⋯お前を一言で表すのにちょうどいいぞ」
「びゃぁー?狂ってる、がですかー?はぁ、もうちゅらい。おにーさんにひどいこと言われました。ぐすん、鼻水ズビズビ」
「⋯⋯鼻水出てねぇだろうが」
うぐっ、おにーさんから鋭いツッコミが入ってしまった。けれども、鼻水が出たふりをするのも全てはおにーさんが原因なのじゃ。こんな小さくてかわいらしい幼女に対して、狂ってるはちょっと言葉としてないわ。
「ぐぬぬ⋯⋯おにーさんには私の嘘泣きが通じないんですねー?」
「⋯⋯嘘泣きの演技下手すぎだろ」
「なっ!そんなことはないですよー。そういうおにーさんこそ、嘘泣き得意なんですかっ?」
「⋯⋯嘘泣きする機会がほとんどねぇ」
「まぁ、それはそう!」
嘘泣きする機会がたくさんある方が怖い。まぁ、さっきのは私が嘘泣きをする気がなかったから、下手に見えたんだろう!
真面目にやったら、まじで泣いてるよーにしか見えないし!私の演技力が天才すぎて!
「⋯⋯お前は口を開かないと死ぬのか」
「喋りすぎですかねー?でも、周りにいた人は私と口を利いてくんなかったっしー!」
いくらおしゃべりさんだとおにーさんに思われていても、やっぱり寂しいから喋りたくて仕方ないのだ。
「⋯⋯お前がだる絡みし続けたからじゃないのか」
「そんなこたぁ、ないっすよー?あくまで私の主観ですけれどもね?」
エルフの人たちは私と話そうとしてくれなかった。別に、私がだる絡みしたという事実も確認できませーん。
つまり?私がだる絡みしたのではなく、エルフの人たちが私のことを無視した!わかりますかねー?
「おにーさんと話すのは楽しいです!めずららしく、話聞いてくれれる人でっすからねー!」
「⋯⋯そんなに話して喉乾かないのか」
「めっちゃ乾きます!!」
「⋯⋯阿呆か」
「ぶぅー、別に阿呆でいいですよーだ!」
おにーさんにけなされて悔しくなった。ぐぬぬ、幼女だってやられっぱなしでは、いられませんからね!
少し先まで行って、幻影魔法でお化けか何かを作り出して驚かせようと考え、走るとすぐさま目の前にあった石のせいでコケてしまった。
「ぶひゃっ────うぅ、痛いー!!」
「⋯⋯おい、大丈夫かよ?」
『⋯⋯大丈夫?転んじゃって、痛そうだね』
「いや、そうなんすわー。痛いっす」
「⋯⋯⋯?お前、誰と会話してるんだ」
何を言ってるんだ、このおにーさんは。あんたとに決まってるでしょうが。
「いや、あなたが今痛そうだねって言ったんじゃないすか!もー、やめてくださいよ。そんな私が幻聴を聞いてしまったみたいな⋯⋯」
「⋯⋯俺はそんなこと言ってないぞ」
「⋯⋯⋯⋯つまり、幻聴じゃと?」
私が恐る恐るそうやって聞けば、おにーさんは力強く頷いた。嫌だわー、もう幻聴が聞こえてしまう年になっちゃったの?おにーさんの声にそっくりだったから、幻聴じゃないと思ったのに。
私は納得がいかないまま、先を進んでしまったおにーさんの後を小走りして着いていった。




