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落とし物の青

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 落とし物を届ける。

 これ、なかなか勇気がいることだと思わないかい? 誰がなんのために手放したかも分からないブツを、触ってどこかへ運ぶってことがさ。

 世の情けのため、とはいっても犠牲なき献身こそが真の奉仕という言葉もある。拾いもののために、自分が犠牲になってしまうなんて馬鹿げていることだ。もっとも拾う側にとって、それがヤバいものかどうかなんて分からないのが難点だけどね。

 自分が拾ってもらえるのはありがたいが、自分が誰かのを拾ってあげるのは度胸のいることかもしれない。

 僕も少し前に、奇妙な落とし物を拾ったことがあってね。そのときの話、聞いてみないかい?


 あれは、休みの日のお出かけから帰ってきたときだったな。

 ちょうど電車が混雑している時間帯に当たった上、僕の降りる駅でどっとお客さんが降りてね。あやうく人ごみにもまれそうになった。

 すでに知っていると思うけれど、僕は人ごみが好きじゃない。身体の接触もあるが、なによりあの熱と呼吸の取り巻く感覚が気に入らない。自分の行動を制限されるばかりか、向こうの都合を押し付けられるような状況はごめん被る。

 はけるまで待とうと、脇にそれてベンチに座り、ぼけっとし始めたまではよかった。


 しかし、人ゴミの最後尾が目の前を横切ったとき。

 一番手前の人のズボンのポケットから、するりと落ちたものがあった。

 二つ折りの財布。革製と見えるけれど、青色とはなかなか見かけない。占いなどに詳しい友達の話だと、青は金運を下げる色らしく、本来は財布に使うのには向いていないというのだが……好みもあるのだろうか。

 見送る波は早い。僕が財布を拾って、声をかけるときにはもう、何メートルも先の改札へ次から次へとお客が殺到していくところだった。

 うつむき気味に座っていたから、財布の主の下半身あたりをかろうじてとらえられたくらいでしかない。この財布のものにそっくりな、青いジーンズを履いていた。

 しかし、持ち主と思しき人は改札の手前までで見つけることはかなわず、追いかけて改札を出ても、ばらばらに散っていくどの方面にも同じようなズボンを履いている人がいる。

 誰かに賭ければ、あるいは当たっていたかもしれないが……僕は勇気が持てなかった。そのまま駅前の交番に財布を預けて、その場を後にしたんだよ。


 ところが、家に帰ってからほどなく。

 僕は財布を拾った指先が、青みがかっているのを見て取った。ちょうど、財布そのものの色と同じだったよ。

 少し気味が悪かったが、せっけんで力を込めて洗うと、どんどん色は薄れていき、ほどなく普段と遜色ない肌が戻ってくる。

 ほっと、このときは胸をなでおろしたさ。でも、困ったことは翌朝になって訪れたんだ。


 例の青が、また現れたんだ。

 今度は指先ばかりじゃない。手のひらに及ぶかという範囲にまで広がっている。目の錯覚かと思い、また入念に洗ったところ、やはり色は落ちてくれた。

 でも、このときから僕はどうしても青みを警戒せざるを得なくなる。この色は、僕が活発に動いているときはさほどでもないが、休むときなどの動きが激しくないときに、ひょいと顔をのぞかせてくるんだ。

 幸い、ごまかせる範囲だったから、学校のトイレなどでちょっと手を洗えばカバーができたよ。それでも、注意深く観察していくと、こいつは日に日にその領土を増やしてきていたんだ。

 連なる土地ばかりでない。飛び地でも、この青たちは侵略してきたんだ。素直に手のひらから腕へのぼってくるばかりでなく、胸のあたりにもちらほらと顔を見せ始めた。


 僕は正直、びびっていたよ。

 もしこいつが、身体全体に広がっていったらどうしよう、とね。

 どこも色を落とすだけなら、せっけんがあれば事足りる。でも起きたときに身体が全部真っ青だったら、どうすればいいのだろう?

 この時点で、すでに手のひらは完全に青みを帯びている。またいつ色が出るか分からないと怖がる僕は、これから暑い季節を迎えるというのに手袋を着用した。学校へ通い始めてから初めてのことだったよ。

 でも、それが幸いしたかもしれない。


「ねえ、ひょっとして、あのとき財布を拾ったの?」


 声をかけてきたのは、クラスメートの女子のひとりだ。

 彼女も普段から手袋をしていて、まわりのみんなに妙な人だとうわさされていた。

 そして、誰にも話していない財布の件を知っているということは……。


 その子が僕にだけ見えるように、手袋をわずかに外して見せる。

 わずかな範囲で分かったよ。僕が見てきたものの数倍は濃い青色が、彼女の肌を席巻していたばかりか、煮え立つ釜の表面を思わせる泡立ちを見せていたんだ。目の前でぱちんぱちんと泡が弾けては膨れていくのを見ては、鳥肌も立つ。


「拾ってくれたのはありがたいけれど、君へある程度くっついちゃったみたいね。回収するわ」


 そう、手袋の下にある私の手へ指をあてると、排水溝へ水が殺到するがごとく、僕の身体中の青が流れ込んだんだ。肌の上を通って、あっという間にさ。

 すると、彼女の肌の状態も常人と変わりない見た目に戻ってね。これからは自分も気を付けるけれど、できる限り自分に接触しないほうがいい、と注意されたっけ。

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