表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

女性宇宙飛行士、聖女として召喚される

作者: 倉名依都

誤字のご指摘に感謝します。 2024年11月4日、倉名


倉名です

この作品ではじめて日間順位に載ってびっくりしていました。連休の最後の日には、200位以内に入っていて、いや、もう本当にどうしようかと思いました。何も思いつかなかったので、とりあえず「よろこびのおどり」を踊っておきました

応援していただいているのだと感じ、本当にうれしいです

そして、あとがきで煽ったようになってしまった、ほかの「変わった職業の女性が聖女として召喚される」お話も含め、短編集として完成させることにしました。6編目が解決編になっていて、オチがきちんと効果を発揮するためには、どうしても今年中に投稿しなくてはなりませんので、年末ぎりぎりまで頑張って間に合わせる所存です。

今日、再びランキングに入れていただき、感謝に堪えません。ありがとうございます  2024年11月7日

 リーファ(梨花)・メイ・サンダースは、中国系の血を引くアメリカ空軍将校・宇宙飛行士である。厳しい鍛錬と実技・座学を、同期の候補生から見ても軽々と通過し、知性、忍耐力、体力、判断力、統率能力を高く評価され、宇宙空間滞在三か月という驚異的な記録を残している。


 ちょうど、宇宙服を着てのプール訓練の指揮を執るべく、プールサイドでヘルメットを抱えて訓練生の最終チェックを見守っているときにそれは起きた。

 リーファの周りに金色の光が立ち上がり、その場の将校、訓練生、技師、科学者、助手が驚いて視線を遣る中、全体責任者の「サンダース! 伏せろ!」という声が響く。

 宇宙服着てんのに、伏せるとかムリムリ・アクションじゃんねー、という訓練生たちの心の声がシンクロする中、リーファは転移陣で召喚されていった。


 こういう時のお約束で、リーファがヘルメットを抱えてなかった右手の親指を条件反射的に上げてしまったのはお約束だし、あとで一部始終の映像記録を見直した責任者が頭を抱えてしまったのも仕方がないことだろう。


 直ちに箝口令が敷かれ、訓練室は閉鎖された。





「召喚成功です」

「よし」


 そこは、石の建物の内部のようだった。壁も床も石積みが丸出しで、リーファの足元の多重同心円と記号を組み合わせた絵が描いてある場所だけが滑らかに磨かれた石で整えられている。

 リーファが床を見下ろした時、ちょうどその絵から金の光が消えていくところだった。


「聖女様? ようこそおいでいただきました」

 と、一斉にひれ伏そうとした人々に戸惑いが走る。確かに顔部分は美しい女性ではあるのだが。身に着けている衣服 (?)があまりにも異質である。宇宙服なんだから、見たことないのは当然なのだが、その部屋にいた人たちには「何でしょうこの妙ないでたちは」、ということにしかならない。


 一瞬の空白に、サンダース空軍少佐の命令がとどろく。

「アテンション!」

 その場の全員が迫力にのまれてリーファに注目する。

「状況説明!」

 ぐるりと見回すが、誰もが口を開けて言葉を失っている。


 そりゃそうだろ、たおやかな聖女を召喚し、うまいこと言いくるめハニトラに掛け、ほぼ洗脳状態に持ち込んで、“癒しの聖女”と持ち上げ勇者とともに「魔王軍」討伐に行かせようと思っていたのに、召喚陣から出てきたのは、布でも金属製ですらないのに異様に白いフルプレートメール(?)を身に着けた、そしてその防具のおかげで巨大に見えている女性の顔をした何物かなのだ。

 それが大音声で命令を下すとか。


 返事がないのでイラっとしたサンダース少佐は、一歩前に出てその場で一番エラそうに、いや、地位が高そうに見える者の、すぐ横に控える賢そうな男を指差す。もっとも優秀なのは、お飾りの最上位者ではなく、その補佐官だというのは常識だ。

「ユー、スタンダップ。 そこのおまえ、立ちなさい」

 指差された若い男が反射的に立ち上がる。命令し慣れた空軍少佐の迫力に勝てるはずなどない。


「名前」

「は、はい。コズモです。神官長補佐です」

「よし、コズモ、情況を説明せよ。

 私がここにいる理由だ。最初から始めて順を追って最後まで説明せよ。横道にそれず、重要な項目を逃すな」

 そして部屋中を威圧する。

「だれもコズモの言葉を遮るな」


 背後で、カチャ、っと音がした。

 リーファは数ポジションかけて体の方向を変え、抜刀しかけていた騎士にゆっくりと近づくと眉間を握りこぶし宇宙服のグローブ付きで軽く打った。騎士は昏倒し、後ろにガシャンと金属鎧の音を立ててまっすぐ倒れる。

 少佐の地位は伊達ではない。彼女は格闘技についても達人級である。動きが緩やかなのは、もちろん、宇宙服を着ているからだ。

 気を失わせる程度に急所を突いただけなのだが、おそらく半日は目を覚まさないだろう。


 何ごともなかったように向きを変え、コズモに命じる。

「始めよ」


 コズモはなかなか肝の据わった男ではあった。

 この度の聖女召喚について疑問を抱いており、んでみなくては役に立つかどうかわかりもしない女性をひとり呼ぶよりも、手持ちの聖女を十人くらいまとめて送りだした方が有効ではないかと常々思っていた。聖女の力を持つ者は上位貴族女性に多いばかりにそれができなかったのは、階級社会の常でもあり、関係者の政治力不足でもある。


 この世界の貴族のノブレス・オブリージュ、つまり、貴族の果たすべき地位に伴う義務の意識からは、「国土防衛戦になったら先頭に立って戦う。女性といえども例外はない」という意識が抜けているのだ。

 権力を保証するのは最終的には「国家を外敵から護る武力」である。すでに外敵によって滅ぼされた隣国を見ていながら、戦場に駆け付けない者は王族でも貴族でもない。

 戦いの後、この国の王家が残ることはないだろう。


 彼は、職責上、全体状況とこの場で話してよい範囲を十分に把握していた。


「現在、この大陸は、突然魔船から大陸中央部に降り立った魔王に占領されつつあります。

 魔王は五種類ほどの魔獣を使役しており、その魔獣は非常に繁殖力が高く、倒してもきりがありません。

 瘴気とともに支配地域を広げ、五ヵ国あったこの大陸の内二ヵ国はすでに滅亡、残る三ヵ国も逃げてくる人々を受け入れきれなくなりつつあります。

 われわれも手をこまねいていたわけではありません。

 騎士団と一般兵団、魔法兵団を組織し、風の魔法で瘴気を押し返し、主戦力を投石機として前線を押し出しながら、瘴気が薄くなったところから魔獣を倒して交戦域で必死の防衛線を保持しています。


 ですが、大陸中央部をほぼ取られた現状、兵糧も兵力も限界を迎えつつあります。

 そこで、神殿は瘴気を浄化する力を持つ聖女を頼みにすることにしました。聖女の力を持つ女性を招集し、防衛線に投入しています。

 ですが、どうしても押し返すことができません。

 そこで、神殿と王家は最後の手段として、神に祈り強大な力を持つ聖女を召喚することになりました。


 膨大な魔力と召喚陣により、今日、こうして召喚に成功した、それがあなたさまにございます。

 大聖女さま、どうぞ、どうぞ、この大陸をお救い下さいませ」


 リーファは、コズモの話をゆっくりと消化し、大きく頷いた。

「わかった。なんとかしよう」


「え?事態はそういうことだったの」と、あっけにとられている情報収集能力と理解力の低い顔もあるのだが、ともかく、部屋全体に、安堵のため息が満ちた。



 リーファは、召喚部屋で宇宙服を脱ぐことにした。船外活動用の宇宙服を水中訓練用に軽量化しているモデルを着ているのだ、浮力が助けてくれない陸では普通に歩くこともままならない。

 宇宙服前部の道具ポケットから必要な道具を取り出し、器用な者を選んで右手グローブを開放すると、後はほとんど自分で何とかして、それでも手を借りながら宇宙服を脱いだ。

 ヘルメットを装着する前で助かった。


 ボルトとナットさえ知らない者を相手に、よく辛抱強く指導したものである。さすがは忍耐力と部下や訓練生に対する説明能力で知られたサンダース少佐であろう。


「よし、滞在する部屋へ案内せよ。

 その防具は納入価格一着30万ドルだぞ、訓練用でよかったな。傷をつけないように気を付けて運べよ」

 美しい微笑みをサービスする。

 その微笑みに、さすがは大聖女様とうっとりするのはフツーの人々。30万ドルがどのくらいかは見当もつかないものの、コズモの背筋には寒気とともに冷たい汗が滲んでいた。



「よし、コズモ、地図」

 部屋に案内されて、「茶なんかいらん、水」、と指示した後、コズモを傍から離さず次から次へと指示を出す。


「フム、なるほど。コズモ、おまえわかるか、この国がほとんど丸ごと侵略を免れている理由が」

「はい、いえ、多分、半島形状だから?」

「おそらくその通りだろうな。風が通るところでは活動しにくいのかもしれん。

 魔獣とやらに塩水を浴びせてみたか*(注あり)。今のところ海岸を避けているように見えるが」


「いえ、それは気付きませんでした」

「ふむ、とりあえずやってみるか。植物型ではないようだから、効果に期待しないほうがいいがな。

 とりあえず、明日はそれをやってみろ。海水を運ぶなよ、単なる可能性潰しだ。川が付近にある場所を選んで、水に塩を混ぜてやれ。濃度は舐めてみればわかる、かなりしょっぱいぞ」

「は、すぐに指示してまいります」

「よし、急げ」


 一瞬、大聖女の微笑みを期待して顔を見たコズモの瞳に映ったのは、すでに次の策を考えている空軍少佐の集中した表情だった。


 リーファは、大陸の地図を繋ぎ合わせて机一杯に広げようとしたが、倍率が合わない。フムと唸って、大きなテーブルを運んでこさせ、天板に直接地図を描いた。

 被侵略部を赤線で囲み、抵抗ラインには、カラー画鋲もマグネットもないので、裁縫部屋から待ち針を取り寄せて刺していった。

「粘土を用意しろ。地形をつくるぞ」

 生まれて初めて大陸全土図を立体的に見たコズモは、驚嘆の目を見開く。


「おまえな、地図なしで戦争できると思うか。そもそも作戦が立てられないだろう。

 力で勝てる程度なら、それは戦争じゃない、紛争だ。おまえらは国土防衛戦に臨んでいるのだろう、自覚がないところが敗因だな」


 こうしてその夜は更けていき、およそ真夜中ごろようやく作戦がまとまったようだった。

 被召喚聖女の筈のアメリカ空軍少佐・リーファ・メイ・サンダースは、「Something to eat! (メシ!)」と叫び、出されたものが何なのか気にもせず口に突っ込んだ。

 宇宙食よりは歯ごたえがあるという程度の感想を持っただけで、靴を脱いで寝具に潜った瞬間に寝てしまった。


 現役空軍将校の体力と集中力に翻弄されたコズモは、疲労困憊で、幽鬼のようにふらふらと自分の部屋に帰って、ベッドに倒れ込んだ。

 彼の受難は、まだ始まったばかりだ。



「よし、コズモ、おまえたちはよく頑張った。

 この文明レベルで、あり得るだけの最高の抵抗だ。魔法があってよかったな。

 それに、その用法も適切だった」

 五日ほどして、コズモの疲れ果てた肉体と精神にご褒美がもたらされた。


 すでに、この大聖女様のすさまじい気迫と知識、判断力、論理的な物事の運び方、合理的な指示に接し、コズモの信頼増大は留まるところがない。聖女召喚に密かに反対したことなどとっくに忘れていた。

 もう、身も心も捧げ尽くしてもいい、何だったら神官として神にささげた貞操すらも望まれれば差し出してもいいとまで(リーファ的には全然いらんけど)思うほどだった。


「武器を作るぞ。

 瘴気の分析は終わった。

 魔物側が使っているのは、二酸化炭素だ。奴が生まれたのは、おそらく二酸化炭素大気の惑星だろう。光合成酸素排出型の植物がない進化を遂げたんだな。ウーム、興味深い。


 単独あるいは少数の集団で何かから逃げてきたのだと思われる。国家規模あるいは惑星規模での侵略なら、わざわざ大気組成が違う惑星に降りはしない。

 やむなく降りたのだろう。そして、手ごろな大きさのこの大陸を選んで、ひとまず植民地にしようとしている、と私は思う。


 対抗手段は、酸素だ。二酸化炭素型生物にとっては猛毒だ。

 とりあえず過酸化水素水と二酸化マンガンだ。

 海水があれば、この国なら錬金術でいける。面倒な電解もいらないし、さっさと作るぞ」


「イエス、マム」 なにひとつわかりゃしないけど、他の応答はあり得ない。


「次、防毒マスクだ。

 前線に出る兵士全員分の、二酸化炭素除去剤を仕込んだマスクを作るぞ」

「イエス、マム!」


「噴霧器だ。鍛冶屋を呼べ」

「イエス、マム!」



 準備が整い戦線がアクティブになると、その押し返しは圧倒的だった。


 魔獣が呼吸できなくする作戦!


 まず、投石機で酸素弾 (二酸化マンガンを薄いガラスで包んで着地したらショックで割れるようにセットし、過酸化水素水を内側防水コートした樽に入れ、衝撃で蓋が取れやすくしたもの)をどんどん改良しながら、雨あられと打ち込む。

 とりあえず魔獣を狙って打ち込んでいく。相手は二酸化炭素大気型生物だ、当たって過酸化水素入を浴びせるだけでも損害を与えられるし(やけどを負わせることができる)、うまくいけば敵の只中で酸素を発生させることができる。

 敵側指揮者は単独か少数、自分で考えない魔獣が相手なのだ、成功率は低くとも物量で勝負!


 同時に化学兵器(酸素だけど)併用、剣と盾の力押しを展開する。

「行け、酸素を吹き付けて、呼吸できなくすればそこまでだ。風向きを利用しろ、逆風になったら現場の判断で引け。噴射した酸素が自分の方に返ってくるかどうか注意せよ。ノズルの出口を見ていればわかる」


「全員生還しろよ。 この程度の相手に油断して死んだら、あの世まで追いかけてぶっ飛ばす!」


 黒髪をなびかせた美しい大聖女が手を大きく振って飛ばすゲキにウラーの声で応える騎士や兵士。

 宇宙服内部に着る規定服を着ている姿でなければ、もっと、いや、かなり絵になったはず。残念。


 残念聖女な映像ではあったのだが、戦場に出た戦士の意気は、格段に高められていた。兵士は数人のチームを作って、次々に酸素を吹き付け、騎士が兵士の後ろを追って、呼吸困難になった魔獣にとどめを刺す。


「結界が掛けられる者は、結界で行け」と言われて、大規模結界ではなく魔獣の顔周りを小さな結界で覆って呼吸不能にする魔法使い。

「水魔法を使える者は、顔の周りを水球で覆え」 見る間に溺れていく魔獣。



 後方支援は順調に大量生産を続けている。


 海辺に陣取ってひたすら過酸化水素水を作ってビンやカメで受ける錬金術士。

 わらわらと人々が寄ってきて、錬金術士の指示に従って雑用をかたづける。術士が作業に集中できるように身の回りの世話をする。


 過酸化水素を詰めた容器を、荷車に積み込んで運ぶための詰め物がどんどん運ばれてきて、農耕馬まで農夫に引かれて輸送に関わっていく。


 二酸化マンガンは露頭で豊富にあるから、それを識別して運べばいい。こちらは誰にでもできる。


 王国総動員ともいえる、いや、滅亡した王国からの避難民の怒りの参加も含めれば国際協力の総力を結集した大反転である。


 戦線が縮小したところで、生き残っている二国に船で”化学兵器“を運び、作り方と戦い方を伝授する。大陸全土が勝利を噛み締めながら中央部へと戦線を集約していった。


 二ヵ月ほどで、最後の決戦となった。

 最後はリーファが指揮に出た。宇宙服を着用して、酸素マスクを着けた騎竜の引く竜車で「魔王」に挑む。

 戦場における指揮官の「目立つ、カッコいい、頼りになりそうな。トータルで勇壮な」姿かたちというのは、兵の士気を上げるために非常に効果的なのである。それだけで勝てる気がする。


 すっかり技術戦に慣れた多数の兵士が四方八方から酸素を噴射して、魔獣を排除、魔物との最終接近戦に持ち込んだところで、押し込んだ騎士が「魔王」の宇宙服に“ミスリル製魔法剣”かなんかで傷をつければそこまでだ。防毒マスクと騎士のウエアがちょっとミスマッチなのは諦めよう。


 宇宙船外に持ち出した二酸化炭素発生装置を操っている「魔王」を確認し、逃げ場を失うように追い込み、酸素を噴霧し続けて窒息させるだけの簡単なお仕事だった。

 リーファは「立って指揮をしているだけ」、ってか、宇宙服が重くてそれしかできない。



「大聖女様!」

「大聖女さま、ありがとうございます!」

「勝利だ!」


 大歓声がとどろく中、リーファは二酸化炭素発生機を停止させ、防毒マスクを外す。兵を見回しながら笑って握りこぶしを突き上げた。

「王国の栄光に!」

 騎士・兵・魔法使い・聖女の声がウワーンと戦場に籠り、青空に抜けていった。


 いやー、習慣に引きずられてうっかり「We are the United States!」とか叫ばなくてよかった。



 祝勝会とか、爵位授与式とか、まあ、色々あったが、リーファは大サービスでにっこり笑って参加してみた。将校だけに、パーティーの類には慣れている。黙って微笑んで勘所かんどころで誉め言葉を発するだけでいい。楽なお仕事だ。



 終戦処理が進み、滅びた王国の再建が論じられるころ、リーファはひっそりと「魔王」の陣を訪れた。どんな経緯があったのだろうか、比較的楽に倒せる相手だったことから、なにか訳アリの単独行動であったと思われる。

 しかし、そちらの事情は事情として、他星を侵略し住民を殺戮するのを黙ってみているということも、なまじ戦う力があるだけに米国空軍サンダース少佐にできることではなかった。


 陣の跡をたどり、宇宙船の入り口を見出した。

 開扉装置を作動させ、内部に踏み込む。

 踏み込むと同時に廊下部分に照明がついた。空気が入れ替わるのを待つ間に、船内案内図をじっくり見る。


「なるほど」

 それは、クルー定員6名、家族居住用スペースもある、恒星間飛行用の宇宙船のようだった。ともあれ、操縦できるかどうか。

 操縦室に入る。入った時に、おもわず「キャプテンズ・オン・ブリッジ (Captain is on bridge)」と呟いてしまうのは仕方がない。

「フーム、3本指か、とすれば、6進法だな」**(注あり)


 どう考えてもひとりで操縦できるとは思えない。とすれば。

「ブレイン、答えられるか (Brain, can you tell me?)」

 10秒ほどの間があって、回答があった。

「アイ、マム」

「状況」

 このあたりが冷静で鳴らす宇宙飛行士だ。もちろん回答があることを期待してはいたが、実際に滑らかに音声回答があると驚いて言葉を失うのが普通ではないのだろうか。


「ブレイン、名はあるか」

「キャプテン変更と判断します。名はお呼びになりやすいものを」

「ルイでよいか。私の出身地がルイジアナである」(***注あり)

「了解しました」


「状況を説明せよ」

「私は、恒星間移動型宇宙船に標準搭載される汎用型ブレイン、AQ7型です。ボディアクションを含む言語は何であれ分析して対応できます。

 この宇宙船は、あなたの前のキャプテンによって盗まれました」


 汎用型ブレイン・ルイによれば、この宇宙船はいわゆるレジャー用ではあるが、レジャー用であるがゆえにかえって優秀。戦闘にはさほど適していないものの、超長距離航行型。はるか銀河の端から端まで観光して回る、富裕層のために特別に建造されたものであるらしい。

 この機の建造主は研究者気質で、若い頃は政治にも手を貸していたが後継者を育てると早々に地位を譲り渡して銀河系を巡る旅に出た。

 前から行ってみたかった、とある惑星で、クルーに休暇を与え植物の研究に没頭しているうちに、船を盗まれたとのことだ。

 ルイによれば、建造主は盗まれたことにまだ気が付いていないのではないかとのことだ。


「ふむ、それではとりあえず、船を主に返しに行こうか」

「了解しました。直ちに離陸しますか?」

「ちょっと待ってくれるか、国の備品の訓練用宇宙服を取りに行ってくる」

「了解しました」


 律儀なことではあるが、管理責任を感じているので仕方がない。緊急事態ではないのだから、貸与されている国の備品を放置できない。それが国家公務員というものだ。

 リーファは、神殿に戻りコズモを呼んだ。


「依頼された仕事は終わった。帰還する。

 コズモ、おまえはいい仕事をした。礼というのもなんだが、もしよかったら私と一緒に来るか」

「大聖女様のお望みとあれば」

「いや、おまえの希望を聞いている。

 この神殿でこのまま仕事をするのもおまえの人生。栄達もするだろうが、おまえの清廉な気質ではおそらく中央から飛ばされるだろう。

 まだ見たことがない世界に行って、観光して帰ってくるという褒美を与えようと言っている」

「観光? ですか?」

「そうだ」


 コズモの顔がすこし嬉しそうになった。

 戦時中こそ神官長補佐として尊重されたが、平時となってまわりの妬みをかいはじめていた。居心地が悪いし、面倒だ。大聖女様の従者として、大聖女様の行くところについて行くのは、今とは別の人生になるけれども悪くない。

 神官になった時、親兄弟・親族・友だち、すべての人との縁を捨て、ここで神の為に生きてきた。だが、結局は人と争うことになり、今しも引きずり降ろされそうになっている。


「お連れください」


 コズモは、まだ効果がある神官補佐権限を使って、宇宙服を運び出し馬車でリーファとともに宇宙船まで来た。船内に宇宙服を運び込むには、ルイが知恵と力を貸してくれた。


 何もかも目新しく、少しの恐怖と大変な緊張を覚えたが、ブリッジの副長席に納まった。

「レディ? ルイ」

「イエス、マム」

「エンゲージ」


 宇宙船は、三本指の持ち主を回収し、持ち主はルイの推定通り盗まれたことに気が付いておらず、大笑いしてリーファの肩をバンバン叩きながらお礼を言った。

 なんだかんだで、持ち主の意向でリーファは地球まで送り届けられた。補給のために立ち寄った銀河系共同マーケットは非常に刺激的な場所であった。



 地球周回軌道上からケープカナベラルと通信を交わし事情を説明してみたが、信用されるはずもなかった。

 とりあえず、自分自身と着用していた水中訓練用宇宙服の映像を送り、確認のために水中訓練時の全体指揮官を呼んでもらった。


 異星でヒト型生物とエンカウントとの報告を受けて、ケープカナベラルでは初めて月から帰還した宇宙飛行士と同レベルの防疫を準備した。


 リーファは、地球まで送ってくれた銀河系規模の大富豪とルイ、そしてよき部下であったコズモに手を振り、宇宙服を着て、大富豪が銀河系共同マーケットでわざわざこのために購入してくれた着陸カプセルで緩やかに着地。

 パラシュート付の古代型カプセルはさぞや高価だったと思われる。リーファは感謝に堪えなかったが、稼働するかどうかは命がけなので不安はあった。シャトル型の方がいいなぁと思いつつも、買ってくれたのが大富豪であっても地球外生物なので文句も言いにくかったのだ。

 無事に砂漠に着陸した時は、さすがの空軍少佐も安堵の息を漏らした。


 カプセルの出口に密閉カバーが接着されるとゆっくりと着陸船から降りる。カバーの中でただちに宇宙服外側を消毒。そのままカバーのトンネルを進み、関係者が密閉服で付き添う中、経過観察隔離室に入っていった。

 リーファは、ルイから安全確認をもらっていたし、それを指令室に届けてもいたのでなにも心配していなかった。


 ガラス壁の内側から、水中訓練時の全体指揮官に敬礼する。

「リーファ・メイ・サンダース、ただいま帰還いたしました」

 指揮官は涙ぐんでいる。

「サンダース少佐、危難に接し、これに耐え、よく無事に帰還してくれた」

「は、本分を尽してまいりました」

「よくぞ、よくぞ帰還してくれた」

「はっ」




 異世界教訓:

 聖女の気迫にのまれたらおしまい、気合いを入れて行こう!

 さすがに今回は同情するけど


異世界転移風味のスタートではありました。SF展開になりました、まあ、それは成り行きというか、宇宙飛行士を召喚してしまった側の責任ということで~

転移陣はよくぞサンダースを選んだと思いますけど、あるいは最適解だったのでは?

同一時間軸、空間転移なしで帰還できたのだから、異世界転移ではなく、銀河系内の他の惑星からの召喚です



サンダースは自力で帰還してしまったので、救助されません。ですが、この後は事情聴取やら何やらでエライ目に遭います。お気の毒ではありますが、リーファなので軽い気分で乗り切るでしょう


コズモはどうしたのか? 銀河系規模の大富豪研究者に連れられて、もとの惑星に帰還しました。たっぷり資金をもらって、宇宙船があった場所に庵を結び、いつか再び大聖女を迎える日を楽しみに (ねぇよ、まず絶対)、隠者となって余生を送りましたとさ。魔法世界に生きる宗教関係者が、科学文明を見て、恒星間飛行をすれば、大体そんなことになるでしょう~

地球からの帰りに銀河系規模大富豪に連れられてあっちこっちの星を観光して回った旅は、楽しかったみたいです、大物だねぇ



文中の注に応えているコーナー:

*塩水を掛けてみろ

原典:トリフォドの日、作者ウインダム、ハヤカワSFシリーズ

本を失い、記憶に頼っているので間違っている可能性あり

ストーリーは、三本足の木の形をした宇宙生物に地球が侵略されるというものです

火をかけても潰せなくて、海水をブチ掛けて倒すのですが……

作者は、海水なんか掛けたら農地が台無しだと非常に心配しました。古い戦記で、敵に勝った後、二度とその場所が国として立ち上がれないようにその地に塩を撒くというのがありますので、海水でも相当の被害じゃないかと思います。日本にも津波からの被害回復レポートがありますしね

崖から海に追い落としたらどうかな、と思いますけど、どうでしょうか


**3本指なら6進法

人類の数学が10進法なのは、左右の手指を合わせて10本だからと言われています。数の初歩は、子どもに教えるときにやるように、いち、に、さんと、指を折って数えるからです。

映画ETを見た時、この地球外生物の数学は、6進法だな、と思った人は多かったでしょう。

ちなみに、私たちが毎日のように使っているパソコンは、0と1しかない2進法です。オフとオンでできあがっているのです

つまり、知的生命体が何進法を使っていようとも、数学の発展とは関係ないということですね


***出身地はルイジアナ

火星で冒険するジョン・カーターの故郷はヴァージニア、というのが原典です

アメリカ人ならこういう発想をするかな、と思って「故郷はルイジアナ」を出しました


作者・倉名が同じことを頼まれたら、名は「ンピュー」一択です。出典は“カーボーイ・ビバップ”

一択とか言いながら一瞬で日和って、HALハルもいいかも。出典は“2001年宇宙の旅”


作者のチョー情けない愚痴:

この2カ月というもの、珍しい職業の女性が召喚されたら面白いと思って、5種類ほど書いていました

でも。物理学者は小型核で迷宮を破壊しようとするし、ラリードライバーは車を暴走させて召喚場所からバックレて他の街のレース場にたどり着き、ラリーカーを分解して改造単騎戦車で勝負に出るし、闘牛場の支配人に至っては、魔獣を迷宮一階まで転移させて、そこで闘魔の見世物を始めて大儲けするんです~

がんばって何度も描き直しましたが、どうにもならず、もっともましだったこの作品を投稿します

やっぱり、召喚されるのは、普通の感覚を持った女性がいいですね


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
とても面白かったかったです。 ただ冒頭でリーファとサンダース名称が唐突に混ざり登場人物が分かりづらかったので、リーファがサンダースとして言っていると少し説明を入れてもらえると助かりました
良い点 いっしゅう 一言 姉さん頼りになるなぁ カッコよかったですー
素敵です。。。 古典SF愛にあふれています。 トリフィドはもちろん読んだし 火星シリーズは全巻もっています。 ハインラインの晩年にラノベがあったら こういう作品になっていたかもしれませんね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ