第九話 「薄れる現実」
悠太の精神状態は日に日に悪化していた。
心の中で響く無数の「声」は、彼の感情を掻き乱し、現実との境界線を曖昧にしていった。
そんな状況に、悠太は美咲にすべてを打ち明けることにした。
彼が他人の思考を「声」として聞こえるようになり、そのせいで最初は順調に進んでいた仕事が、次第に悪意のある「声」によって悪化していったことを。
美咲は悠太を見つめ、静かに彼の話を聞いていた。
悠太の話が終わると、彼女はショックを隠せずに「どうしてそんなことが・・・」と言いつつも、「でも、私はあなたを支えるわ。一緒に乗り越えましょう」と優しく言葉をかけた。
しかし、その直後、悠太は美咲の「声」を聞いてしまった。
「本当にそんなことがあるの?ただの思い込みじゃないの?」
その瞬間、悠太の心は一気に冷たくなった。
「信じられないのか?」
悠太は苦しそうに美咲を見つめて言った。
「そんなことない!私は本当に・・・」
美咲は慌てて否定したが、悠太には「きっと、ただの被害妄想よ」という彼女の「声」が再び聞こえてきた。
悠太に別の「声」に支配されていることを感じ、それ以上、何も言えなくなってしまった。
悠太は美咲を見つめたまま、深いため息をついて言った。
「ごめん。やっぱり、もう耐えられそうにない。人と話すのが怖いんだ。しばらく一人になりたい。」
美咲は目に涙を浮かべ、それ以上何も言うことができなかった。
翌日、悠太は会社に休職願を出した。
美咲は、当面、実家に戻ることにした。
人との接点を避けるため、悠太は一人、地方に一人で引っ越すことに決めた。
わずかではあるが、マンション購入用の蓄えを切り崩すことにも美咲が了承してくれた。