第六話 「砂上の音」
中村テクノロジーズ社のプロジェクトが開始され、いろんなことが思う以上に順調に進んでいる。
しかし、悠太は、どこか落ち着かない感覚を覚えていた。
それは、同じ会社の中に、自分に対する妬みの声が自分の耳に入ってしまったことが、心のどこかでひっかかっているのだ。
「中村テクノロジー社案件の中間報告を田中さんからさせていただきます。」
社内の業務報告会の場で、悠太が切り出した。
事前の打ち合わせ通りに、明快な報告が理沙からされた。
「よし、順調に進んでいますね。最後まで気を抜かずしっかりと進めてください。ありがとう田中さん。」
役員からの言葉をもらう、悠太は安堵した。ふと、隣の理沙と目が合うと、
「いつも私が報告してるけど、すごく緊張して苦手。次回から斎藤さんにお願いしたわ。」
と、声が聞こえた。
思いもよらない理沙の「声」にハッとして、再び理沙を見た。
理沙は、笑顔で返した。
夕方、チームミーティングを行っていた。鈴木が進めている案件が少し難航していると報告があった。
悠太は、鈴木の「今の段階で制作部の協力を得られれば、進めやすい」という「声」を聞き、
「坂本部長。まだ成約に至っていませんが、今後のアクションを考慮し、制作部に入ってもらうお願いはできないでしょうか?」
「そうだな。ちょっと向こうの部長に相談してみよう。」と話が進んだ。
安心して悠太が鈴木を見ると、「それ、この後、オレが相談しようとしていたのに…」と聞こえた。
自分が善意で行動したことが、相手にとっては必ずしもそうは受け取られていないのではないかという不安がよぎった。
退社間際、坂本に声を掛けられた。
中村テクノロジーズ社の件で、今回のプロジェクトの成功が見えたことから、引き続き次のプロジェクトも依頼したいと役員間で会話があったという。悠太は小さく頭を下げたが、坂本と目が合った瞬間、
「最近、斎藤が役員から目立っているな。この斎藤の成果をなんとか自分の手柄にできないものか・・・」
という坂本の声が耳に入った。
「どうした、斎藤?」
「いっ、いえ、ちょっと…」
悠太は急に気分が悪くなり、坂本に言い訳をした。
あまりの気分の悪さに、混雑した電車に乗るのをためらった。駅前の本屋で少し時間つぶしをすることにした。
店内を何気なく回っていると、周囲をキョロキョロと気にしながら歩き回る学生が目に入った。
「店員がレジを離れている今のうちに店を出よう」と声が聞こえた。
悠太は咄嗟にレジに向かい、店員を呼んで「後ろの学生がちょっと変だ」と告げた。
学生は店を出ようとしていた。そこを店員が慌てて追いかけ、店を出ていった。悠太は会計を済ませて店を出ると、店員が学生の腕を掴んで話をしていた。
すれ違いざま、学生が涙声で「初めてなんです・・・」と話す声が聞こえた。
悠太は、犯罪を未然に防げた満足感を得た一方で、どこか虚しさを感じていた。
この日のいくつかの出来事は、悠太に不安を植え付けた。順調に見えているこれらの成功も、すべてが砂上の楼閣のように崩れていくのではないかという感覚に苛まれた。