第五話 「氾濫」
悠太の仕事もプライベートも充実した日々は1週間続いていた。
例の「力」を使い、仕事は成功に導き、家庭では理解ある夫として、妻との良好な関係が築かれていた。
自信に満ちた彼の仕事ぶりは、周りから高い信頼を得られるようになり、今週から始まる大規模案件の担当者を任せられるまでになっていた。
この日が、いよいよ商談が決着の日を迎える。
顧客である中村テクノロジーズ社の会議室にて、坂本部長に同席していた。
顧客側の担当者である伊藤が資料を見ながら、契約内容について詳細に確認していた。
すでに提案内容を何度か手直しているが、中村テクノロジーズ社側は、結論だせず難色を示していた。
具体的にどのような提示がいいかは、公平な取引上教えてもらうわけにいかないが、一点の打開策を提示できればというところまで来ている感触はつかめていた。
「この内容では、まだちょっと厳しいですね・・・」と、伊藤が言った瞬間、悠太の頭の中に別の声が響いた。
「他社に比べ具体的で包括的なマーケティング戦略が盛り込まれている。他社の提示金額よりちょっと高いので、この金額があと300万ほど低ければ、決められそうなのだが。」
伊藤は、そのまま資料を眺めている。
悠太は、この声を聞いてすぐに横に座る坂本に相談した。
「我社としては、本日、お決めいただけそうでしたら、端数である300万ほどお値引きさせていただくことができそうです。」
伊藤は、ハッとして、「ちょっと待っていてください。上司に確認してみます」と言って席を外した。
坂本は
「他社も同様の提示をしているようだから、持ち帰りになると他社の動き方によっては出し抜かれる可能がある。よく、あそこで値引きの提示がポイントだと気づいたな。」
と言った。
「はぁ、見積ページを何度か確認していたので、そこが引っかかっているように見えたので。」
と答えた。
しばらくして、伊藤が会議室に戻り、上司確認の結果、契約するということを悠太に伝えた。
相手の真意を読み取った悠太は、商談は大成功に終わった。
オフィスに戻り、坂本部長が他の社員たちに今回の成功を話している。
近くのいた別のチームのメンバーと目が合った。
すると、彼らの心の声が頭に入ってくる。
「どうしてアイツばかりがうまくいくんだろう・・・。」
「仕事ができるのは認めるけど、自信あり気な態度が、最近ちょっと鼻につくよな。」
「また斎藤か。あいつだけ何か特別な情報が入ってくるのでは?」
それは、微妙な嫉妬や不信感が交じった声だった。