第三話 「居酒屋の喧騒」
「この後、ちょっと食事でもいかがですか?」
帰り際に声を掛けてきたのは理沙だった。
「僕も一緒にいいですか?」と、鈴木も加わった。
3人で会社近くの居酒屋に行くと、いつも以上に混雑していた。
「今日は、本当に助かりました」と理沙が切り出した。
「あのプロジェクト、正直不安だったんです。状況がよくわからなくて。斎藤さんに相談して、問題点が見えてきたので安心しました」
「目先の作業に追われていると、全体が見えなくなることもあるからね」と悠太が返す。
「僕も、命拾いでしたよ」
「流石にそれは言いすぎだろう。いくら坂本部長が怖いと言っても…」
店での食事は和やかに進んでいた。
二人の話しぶりから察するに、昼間聞こえた声は自分に話しかけたものではなく、独り言でもなさそうだ。あの声は一体なんだったのだろうか。悠太の疑問は残るが、思い違いであっても良い結果を生んだのなら、それでいいと自分を納得させた。
仕事の話やプライベートな話に花が咲き、料理も揃っていた。
隣の客が店員に注文をしている声が聞こえた。
「焼き魚をください」
「かしこまり…」
その時、奥の座席で皿が割れる音がした。別の客が皿を落としたようで、注文を取っていた店員も慌てて駆け寄り、対応をしている。
「でも、以前作った資料を参考にって言われましたけど、あまり参考にならなかったですよ。ミスがあって気になっていたので、直させてもらうチャンスがもらえて助かりました」
「僕の勘違いだったようだね」
笑いが広がる。
「そういえば、斎藤さん」理沙が話題を変えた。
「来週、大きな商談があるって聞きましたが、誰が担当するんですか?」
「坂本部長は、田中さんと僕が同席するって言っていたかな」
「じゃあ、事前に資料を見ておいたほうがいいですね」
「そうだね」
悠太はそう言ったものの、坂本から直接言われたわけではなく、打合せの際に
「来週の中村テクノロジーズ社は、斎藤と田中に同席させようか」という声が聞こえていただけだった。
昼間から続くこの違和感。悠太は、自分が他人の考えを読めるようになったのではないかと薄々感じ始めていた。
鈴木がグラスを空けて店員を呼んだ。
「飲み物、おかわりもらえますか。えっと、ビールで。先輩はどうします?」
店員と目が合った瞬間、またしても声が聞こえた。
「さっき、隣のお客さんの注文を取ったような…」
悠太は察して、こう言った。
「僕もビールおかわりと…あと、焼き魚も追加で」
店員は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに気を取り直し、「かしこまりました!」と笑顔で応じた。
店員は隣の席のオーダーを通し忘れていたことに気づき、悠太のフォローでトラブルを回避できたようだった。理沙も鈴木もそのやり取りには全く気づいていない様子だが、悠太は心の中で自分の「力」が役立ったことを感じていた。
その後、注文した料理が次々と運ばれ、三人の夜は楽しく続いていった。