第98話:アフリカ連合会議
アフリカ連合会議は、予想を遥かに超えて紛糾していた。
なんせ、全アフリカの、55の国と地域の首脳が一カ所に集まるのだ。
宗教も文化も信条も全く違う上、一つの国の中でも多くの問題と矛盾を抱えている。
会議開始後、優に5時間以上は経過しても、一向にまとまる気配を見せていない。
わたしは、御堂大使の言葉を思い起こす。
『利害関係が一致しない限り、彼らが一枚岩になるとは思えません』
まさに、利害関係の対立が目の前で起きている。
とりわけ、凍土化する国と、そうでない国の温度差は深刻だ。
多少のグラデーションはあれど、地球シミュレーターは、赤道の南北2000km以内は凍土化を免れるという結果を出している。これによれば、アフリカであっても、約半分の国土が凍土化するという見立てだ。
つまり、凍土化する国は移民を送り込み側となり、非凍土国はその受け入れ側になる。
そんな状況で、対立が生まれないわけがない。
「他国の発表中は、静粛にお願いします!」
議長国であるエチオピアの、タメル・ゲトゥ首相が、声を張り上げあげる。
――このセリフ、今日だけで10回は聞いている。
直後は静まり変えるものの、暫くするとすぐにざわめきが議場が波のように広がっていく。
「あのタメル首相でさえ、ここまで制御不能なんだから、他国が議長国だったと考えるとぞっとするよ」
隣で、食い入るように経過を見つめいてた堀田さんが呟く。
「タメル首相って、優秀な方なんですか?」
「ああ。自国を優先する傾向はあるけど、それはどこも一緒だ。タメル首相は、欧米の大学で博士号を取得したエリートだし、何より、あのエチオピアの首相だから、他国への影響力は大きい」
――そういえば以前も、エチオピアはアフリカでほぼ唯一の、ヨーロッパ列強の長期間の植民地化を免れた国だからこそ、他国から特別な念を払われていると言っていた。
「ただ、今回はエチオピア自身が、赤道以北の2000kmにすっぽり入る、非凍土地域だ。もし、譲歩すれば、アフリカ中、場合によってはヨーロッパからも移民を受け入れなければならなくなる。だから、迂闊なことは言えないはずだ」
各国の持ち時間は5分程度と定められていたけど、どの国も目いっぱい時間を使って、「自国が現状でさえもどれほどの困難に直面しているか」を強調する。言い換えれば、”自分たちは援助を受けるべき側だ”ということのアピールだ。
彼らが直面する困難は、医療やインフラから紛争・テロまで多岐にわたるが、やはり共通するのは「食料とエネルギー」の問題だ。
とりわけ、その二つは、国民の生き死に直結するため、どの国も譲る気配は見せない。特に水源は、川の上流国が有利になるため、下流に位置する国は不満がたまりやすい。まさにエジプトがそうであるように。
更に数時間後。
「では、次のパートに移ります。カイ・ローゼンバーグ氏、七海創教授の両氏から発表のあった、凍土化後の生存計画について、フリーディスカッションに移ります」
タメル首相のファシリテーションの下、遠隔参加しているカイからは、”海上都市計画”が、創さんからは”地下シェルター計画”が発表される。
”海上都市計画”には、各国は明らかに及び腰だった。そもそも内陸国には関係がない上、沿岸国にとっても、莫大な海上都市建設費用とメタンハイドレートの発掘費用を、到底負担できないという判断のようだ。
一方で、創さんの地下シェルター計画は、技術的ハードルが比較的低いせいか、幾分現実味を持って議論されている印象だ。
ただ、いずれにせよ、根本的な問題は、水資源と食糧問題だった。
たたでさえ砂漠が多いアフリカだ。
凍土化で耕作予定地が更に少なる中で、日が届かない地下で、どう食料を栽培するのか。そして、そもそもそのための農業用水をどう調達するのか。そこに解決の糸口が見いだせずにいた。
議論が煮詰まりに煮詰まり、会議参加者に疲労の色が色濃くなったころ。
檀上の創さんが、突然、議場全体に呼びかけた。
「これから、日本からのスペシャルゲストにご登場いただきます」
今までカイが映っていた画面が、日本国旗がはためく映像へと切り替わった。
そして、白髪が少し混じるロマンスグレーの男性の姿が投影される。
「日本国首相の、風間真一です。先ほどから会議を傍聴し、皆さまが直面されている課題は、充分に理解できました」
彼は、右手を胸に当て、高らかに宣言した。
「日本国政府として、その解決策を提示いたします」




