第97話:スピードの彼我
「で、でっかい……」
アフリカ連合のビルを見て、わたしは思わず驚きの声が漏れる。
弧を描くかのように湾曲する高層ビルと、UFOを思わせる銀色のドームは、まるで宇宙のどこかから、突如出現してきたかのようだ。
「このビル、まるごと中国が作ったんだ。2億ドルの資金提供をしてね」
堀田さんが言う。
「かつてアフリカで活躍するアジア人と言えば、日本人だった。自動車産業が強かったからね。ただ、今や完全に逆転されている。正直、アフリカにいる日本人は、中国人の100分の1にも満たないんじゃないかと思う。それくらい、彼らとは差が付けられている」
確かに、アフリカは中国の影響が強い――という話は聞いたことがある。
実際に街を歩いていても、日本人はほとんど見かけず、アジア系は中国人と思われる人ばかりだ。
「でも何で、中国だけがそんなに影響力が伸びているんですか?」
――日本ももっと頑張ればいいのに……と素朴に思う。
「彼らはスピードが圧倒的に違う。細かいことはごちゃごちゃを言わずに巨額の政府援助を取り付けて、さらに足りない人と資材を送り込む。日本企業が企画、調査して、社内調整して……とぐだぐだやっている間に、彼らは”まずはやってみる”んだ」
堀田さんの表情には葛藤が見て取れる。
「アフリカ各国は、貧困にあえぐ中、どうにか現代化しようと四苦八苦している。物流の仕組みだってまだまだ。薬や機材が足りず、助からなかった人を何人にも見ていた。一人の医者として、正直、中国のスピードが羨ましいと思うことがあるよ」
そう言って、堀田さんは1枚の写真を見せてくれる。
「中国が建設した、ザンビアとタンザニアを繋ぐ、全長1860kmの鉄道だよ。ザンビアが独立したばかりで、国内移動さえ危険な頃、この鉄道が多くの人に自由をもたらしたんだ。だから、この鉄道は、”Freedom Railway”と呼ばれている」
――日本人としては、ちょっとだけ悔しいけどね。
と堀田さんは呟く。
命の危機を救えるとしてはら、それがどの国のものであろうと、迷わず手を伸ばすのは当然のことだ。
わたしはふと、夢華のことを思い出す。
あんなにも深く接した中国人は、彼女が初めてだったから。
確かに彼女は、三式島に集まったメンバーの中で最も優れていた。
ただ、それ以上に、わたしが出会った誰よりも自分に厳しかった。
夢華と会うまでは、わたしは「才能」というのは与えらえるものだと思っていた。
遺伝子が決める、天与のギフトのようなものだと。
だから、勉強なんかも妥協に妥協を重ねてきた。
“どんなに頑張っても、もともと頭のいい人には勝てない”って。
だけど、わたしの血は、少なくても半分は夢華と同じなのだ。
言い訳などはできない。わたし自身の意思で、全力を賭して、成長するしかない。
そんな感傷に浸っていると、突如、後ろから声をかけられた。
アクセントがほとんどない、綺麗な日本語だ。
「もしかして、深山リンさんですか?」
振り向くと、パリっとしたスーツに身を包み、縁のない眼鏡をかけたスマートなビジネスマン風の男性が視界に入る。
「はい、そうですけど……。ど、どこかでお会いしましたっけ?」
見覚えはない……はずだ。
「いえ、私が一方的に存じ上げているだけです」
そう言って、名刺を差し出す。そこには日本語で“天機科技集団CEO 魏建峰”と書かれていた。
「リンさんは世界の有名ですからね。あの火龍の舞は、感動しました」
そう言って、笑顔を浮かべる。
あ、ありがとうございます――。
そう言いかけて、わたしは違和感を覚える。
わたしはあの舞のとき、仮面を着けていた。
そして、わたしが紫の仮面の“中の人”だということは外部には明かされていないはずだ。
わたしの不審気な視線に気づいたのだろう。
「ああ。李夢華さんとは仕事でもお付き合いをさせて頂いておりますから。今後ぜひ、深山リンさん、そして七海星さんとも一緒にお仕事をさせて頂ければと思っています」
笑顔でそう言って、星にも名刺を渡す。
――え、夢華と?
そう訊き返そうとしたとき、前を歩いていた、梨沙さんの呼び声がした。
「おーい、そろそろ行くぞ!」
その男性は、そちらをちらっと見ると、
「お引止めして失礼いたしました。また、ご連絡さしあげます」
と言い残し、速足で議場とは反対の方角に向かって去っていった。
わたしは星の方をチラ見する。
「星、今の人、知っている?」
「ニュースでは見たことがある。天機科技集団と言えば、世界で最も勢いのある中国のロボットベンチャーの一つだから。確か、日本にも合弁拠点があるはずだ」
――だから、日本語があんなに堪能だったのか。
「あの人、リンさんと星さんに話しかけるため、ずっと待ち構えていたんだろうね。アフリカで、日本語の名刺を使うことは、まずないから」
そう言って、堀田さんが笑う。
「あれが彼らのスピードだよ」




