第96話:アディスアベバ
2029年11月24日 エチオピア・アディスアベバ
「これがエチオピアかぁ……」
眼下に広がる、陽光を浴びた首都、アディスアベバは美しかった。
決して、整った街並みとは言えない。
200メートルを超える現代的なビルがそびえたつ一方で、スラムのような地域も共存している。
だけど、それこそがアフリカの躍動する魅力を体現している気がした。
「星、大丈夫? ちゃんと寝てる?」
わたしは隣の星に声をかける。
前日、カイロから3時間半かけて飛行機で飛んできたわたし達は、アディスアベバホテルで一泊し、今日の会議本番に臨むという日程になっていた。
「うーん、正直あんまり」
星は目を擦りつつ、笑いながら答える。
実際、わたしもそうだ。
ここ数日間、堀田さんと梨沙さんがほとんど付きっ切りで、アフリカの抱える課題や、国同士の関係性なんかを叩きこんでくれていたからだ。
貧困、紛争、気候変動、インフラ、医療、教育……。
会議に参加している55の国と地域は、それぞれに課題を抱えている。
その中には、まさにナイルの水源問題のように、国家間で利害関係が錯綜しているケースも多い。
「もちろん、アフリカは課題が山積みだ。でも新興国市場として捉えたとき、デジタルマネーやドローン輸送、遠隔診療など、むしろ日本よりも進んでいる面も多いんだ」
堀田さんは力説する。
「技術的飛躍っていうんだけど、発展途上国が、先進国が開発した最先端技術やサービスを取り入れることで、先進国を追い抜いたりすることもあるんだ。例えば、かつて中国が固定電話を飛び越えて、一気にスマホ経済に移行したようにね」
「でもなんで、リープフロッグが起こるんですか? 先進国が開発したなら、先進国がまず利用しようってなりそうなのに」
梨沙さんが言う。
「時代遅れの遺産ってもんがあるからな。例えば、モバイルマネーの方が圧倒的に楽だと分かっていても、一旦クレジットカードが普及してしまうと、既得権益が発生して、逆に普及を阻んだりすることがある。自動運転なんかもそうさ。日本にはこんな話、至るところに転がっている」
「でも、いいサービスなら、それこそ政治家が推し進めればいいのに」
「一番の問題は、政治家連中の頭が更新されていないってことなのさ。うちの親父も含めてな。ま、そんな中で、風間さんはよくやってるよ」
いくら家族ぐるみの付き合いだとは言え、首相を”さん付け”する元秘書官は梨沙さんくらいだろう。
堀田さんが同調する。
「日本の政治家連中にはほんとに辟易するよ。現場も知らずに、上澄みの情報だけ掬っているから、本当に必要な人達に支援が届かない」
「お、分かってんじゃないか。一杯やるか?」
楽しそうにそう言って、梨沙さんがビールを手渡す。
「ちょっと真面目にやってくださいよ。本番までに教えることなんて、山ほどあるですから」
堀田さんが眉根を寄せる。
……そんなこんなで、レクチャーは昨晩の12時近くまで続いていた。
その後、ホテルの部屋に戻ってシャワーを浴びて、復習をしていたら明け方近くなってしまっていた。
「人生でこんなに真剣に勉強したのって、始めてかも」
わたしは、星に言う。
大学は剣道での推薦入学だったし、そもそも勉強が大嫌いだった。
だって、それが何の役に立つのかさえ分からなかったから。
でもこうして世界が抱える課題と、そしてそこで生きる人たちを眼前にしたとき、”学び”というのは全く違った意味合いを持ち始めた。
「ああ、”大切なひとたちの生存に直結する道具”として捉えられたとき、”学び”は初めて自分事になるんだと思うよ」
星の言葉にわたしは深く頷く。
今から数時間後。まさにそのために、わたしたちはアフリカ首脳陣の前に立つ。




