第90話:金糸と銀糸
「気づいてる? さっきからずっと、誰かに見張られてることに」
――え!?
梨沙さんの言葉は、完全に寝耳に水だった。
「もしかして、頭布を着用した三人組……いや後方の五人を合わせると八人組ですか?」
星が逆に質問する。
「へぇ」
梨沙さんが感心したような表情を浮かべる。
ギトラ……って?
わたしは慌ててサラに尋ねる。
「アラブの男性が良くかぶっている、日差しや砂を防ぐための頭布のことだよ」
これだけの強烈な日差しだ。
確かに、辺りを見渡すと、至るところにそれっぽい頭布をかぶっている男性がいる。
「でも同じような衣装の人なんてたくさんいるのに、どうして気づいたんだ?」
わたしの疑問を梨沙さんが代弁してくれる。
「今日すれ違った人の中で、金糸と銀糸の刺繍の施されたギトラを着た人がいたんです。サングラスをしていたから顔を分からなかったけど、その精緻さからして、サウジの相当地位の高い人だと思う」
「え、出身国まで分かるの?」
「以前、お父さんと行った中東の地質調査で、現地の人に見分け方を教えてもらったんだ。サウジとエジプトでは、微妙にデザインが異なっていて、デザインが精緻になればなるほど、違いは分かり易すくなるって」
――正直、わたしにはみんなほとんど一緒に見える。
でもそれはたぶん、日本の女子高生がこだわっている、学校間の制服の明らかな違いが、外国人にとっては、ほんの些細な違いにしか見えないようなものなんだろう。
「なるほどね……」
梨沙さんが、どこか愉快そうに訊ねる。
「同行していた、残り二人の特徴も分かるか?」
「その偉い人にピッタリ寄り添っていたのは、まさにお付き役っていう感じの二十歳過ぎの若い男性でした。ただ、先導してた人がちょっと変わっていて……。シュマッグの様式からしてエジプト人だと思います。おそらく、軍務経験がある……」
――以前、錬司さんもカミラとすれ違ったとき、傭兵経験を一発で気づいたという。
ただ、星もそれが見抜けるなんて……。
もしかして、気づけないわたしが鈍すぎるのだろうか。
梨沙さんも驚いた様子だ。
「じゃ、その後ろを、少し距離を置いて歩いてた一団のことも思い出せるか?」
「あ、はい。5名の一団ですよね。医療スタッフっぽい人が中心でしたが、布に覆われた、大きな籠のようなものを運んでいたのが印象的でした。前の三人組と、つかず離れずという感じで着いてきていました」
梨沙さんは思わず手を叩く。
「すごいな、そこまで観察してたのか。さすが、あの七海教授の息子さんだ」
そう言えば以前、星はわたしに言っていた。
「言葉の分からない海外では、その人がどんな人かを見極められるかが、命綱になるんだ」と。
幼いころから、創さんに連れられて、世界中の地質調査の現場を周ってきたからこそのセリフだ。
梨沙さんは言う。
「私たちを見張っていたのはその一団で間違いないと思う。あたしが敢えてラクダの交渉を長引かせているときも、ずっと視線を感じていたから」
――そ、そうなんだ。
単に、ぼったくられるのが嫌で値切り交渉をしているのかと思ってた……。
「え……、じゃあ今も見張られているってことですか? 一体、どこから?」
さすがに、遮蔽物も何もない広大な砂漠で、気づかれないように尾行するのは不可能に思える。それなら、鈍いわたしも気づくはずだ。
「あそこに、恰好の撮影場所があるだろ?」
梨沙さんは顎でくいっと前方を指す。
視線の先にあるのは、数百メートル先のピラミッドだけだ。
「ま、まさかあのピラミッドから、わたし達を監視しているんですか?」




