第87話:直観
風間首相が面食らったように言う。
「カイ君が米国のスパイじゃないと主張する根拠が、ただの”直観”ということかね?」
「はい」
わたしは笑顔で断言する。
橘長官が口を開く。
「それは、”友人として信頼しているから”ということかい?」
「うーん、それもあるんですけど……。なんて言うか、たぶん、カイも、そしてルカさんも、そもそも米国政府が嫌いなんですよ」
三式島の船上会議の後、アメリカの大統領がルカさんとカイに、脳波技術を米国に独占提供するよう脅迫し、それを二人が突っぱねた話をする。
「噂には聞いていたが、事実だったのか……」
さすがの首相も、そこまでの内情は知らなかったようだ。
「しかし、なぜなんだろう? 米国政府に逆らって、得することなんてないだろうに……」
風間首相が訊ねてくる、
「ルカさんのことは分からないですけど……。少なくてもカイは、単純に、”能力も責任を取る気もないのに偉そうな人”が嫌いなだけだと思います。例え、相手が大統領であったとしても」
暫くの間があって、風間首相が爆笑し始めた。
ひとしきり笑った後、気持ちを落ち着かせるように水を一口飲み、橘長官に言う。
「なるほどね。それは私たちも気をつけなきゃいけないな」
「ええ、今日の会議には、特にその空気が蔓延していましたから」
わたしは、さっきの会議室にいた数十人の閣僚・官僚たちの顔を思い浮かべる。
確かに、あの場には威圧的な空気が漂っていた。
カイは、さっき、どんな気持ちで質疑に答えていたのだろう。
その時、ドアがノックされ、ショートカットの長身美女が入室してくる。
「首相、そろそろお時間です」
創さんが、席から立ち上がりながら首相に尋ねる。
「では、例の海外プロジェクトの件は、承認いただけたということですね?」
「ああ、早速外務省ルートで、出入国書類を用意させる」
わたしは、創さんに声をかける。
「創さん、また海外行くんですか?」
「ああ。今回は、できれば星と、リンちゃんも一緒にね」
「え……!?わたしも?」
いきなりの無茶ぶりに思わず声が出る。
「ちょ、ちょっと待ってくださいって。学校も9月3日から始まるし、ホテルのバイトだってあるんですから。何よりおじいちゃんのことも……」
私が言い終わる前に、風間首相が秘書に指示を出し始める。
「水上君、ホテルと大学の関係者に連絡してくれ。ホテルの方は、支配人に行っておけば問題ないだろう。大学はフィールドワーク扱いになるように学長に言っておいてくれ」
「はい。紫藤学長と、村瀬支配人ですね。10分以内に対応します」
――え、なんでこの人、わたしの大学とバイト先の責任者の名前が瞬時に出てくるの?
ちょっと怖い。
創さんが声をかけてくる。
「もちろん、来られるタイミングで大丈夫だよ。まずは一心さんのことを一番に考えてほしい」
――そう。わたしは、その最後の日まで、おじいちゃんと一緒に過ごすと決めている。
書類ケースを片手に立ち上がった首相が、わたしに言う。
「さっきは試すようなことを聞いてすまなかったね。カイ君のこともだけど、リンさんのこともよく知りたかったんだ。七海一家が推すリンさんが、一体どんな人なのかを」
わたしはようやく気付いた。
この謎のミーティングの意味を。
カイについてだけじゃない。わたし自身が見られていたのだ。
果たして、信頼に足る人物なのかを。
――やっぱり、政治って、怖い。
首相は、さきほどの秘書を手招きし、わたしに紹介する。
「わたしの第三秘書の水上梨沙君だ。これから、このプロジェクトに専属になるから、何かあったらいつでも伝えてくれ。こう見えて、陸上自衛隊出身でサバイバルのプロだから、アフリカでもきっと役に立ってくれるはずだ」
「え、ア、アフリカ……!?」
わたしは思わず創さんを見る。
「ああ、次の目的地は、人類発祥の地、アフリカ大陸だ」




