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火と氷の未来で、君と世界を救うということ  作者: 星見航
第10章:七つの鍵【2029年9月1日】
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第85話:青写真

挿絵(By みてみん)


「日本の国土の大半は2040年までに凍土化する――。そういうことですね」

 橘長官の言葉に、場が静まり返る。


 沈黙を破ったのは、風間総理だった。

 鷹揚(おうよう)に手を広げ、議場のメンバーに声をかける。


「さあ、議論しよう。そのための会議なんだから」

 弾かれたように、参加者たちは口々に自分の意見を述べ始める。


「そもそもそのデータの正確性は……?」

「高齢者は一体どうすれば――!」

「北九州に首都を移したら……」


 そこで始まったのは、あたかも船上会議の第二幕だった。

 会議、驚愕、諦観、絶望、逃避、開き直り、そして謎の楽観。


 風間首相や橘長官たちから、事前に議論の内容を聞いていたはずだ。

 ……けど、やはり大きすぎる問題に直面したときの人の反応は、どうしても似てくるんだろう。


 議場から湧き上がる様々な疑問に、創さんとカイは一つずつ丁寧に答えていく。


 ちょうど一時間くらい経った頃だろう。


 静観していた風間首相が再び口を開く。

「一通り見解は出揃ったようだな。無論、信じたい、信じたくないかは別だが……」


 そう言って感情論に終始していた幾人かの閣僚をちらりと見る。

「ここから先は、日本国として、どうこの危機に立ち向かうのか、だ」


 そう言って、首相は橘長官に目配せすると、会議室のスクリーンに青い画像が浮かび上がる。

 

 それは、近未来的な超高層タワーが、海上の人工島から天に向かって伸びているCG図だった。


「経済産業省・環境庁・国土交通省の最精鋭メンバーが集まって立案した、海上都市計画の青写真(ブループリント)だ。この都市建設を、最優先の国策として推進する」


 わたしは思わず息を呑んだ。

 ――あの船上会議から一カ月足らずで、こんなものが……。


 橘長官が口を開く。

「カイさんの言う通り、日本が凍土化を逃れる見込みはほぼゼロです。地下都市も同時に建設するにせよ、1億の国民の行き場を作るためには、海上都市計画は絶対に不可欠です」


 先ほどカイのシミュレーションだと、九州さえも白く染まっていた。

 つまり、日本列島には逃げ場がないということだ。


 (よわい)75を超える、総務省長官が反論する。老人票をがっつり握っていることで有名な大阪出身の重鎮だ。

「そんな計画(もん)、昔からあったやろうが。結局、東京や大阪のメガフロート計画だって頓挫したわけだし」


「あれはバブルのあだ花です。今回は、規模、そしてエネルギー供給源が根本的に異なります」

 橘長官が即答する。


「規模……って、どれくらいなんや」

「メタンハイドレードが分布する南海トラフ、北海道沖、日本海側の各地に、まずはプロトタイプを30都市。10年後にはその10倍程度を目標としています」


 まるで日本列島を取り囲むように、地図上に赤い点が浮かび上がりだす。

総省省長官は、赤い点で囲まれた日本列島の地図を、唖然とした表情で見つめている。


「10年後には300都市って、どこからそんな財源を持って来るんだ。それこそ数百兆(国家予算)レベルじゃないか!」

今度は、財務省長官の声がヒステリックな声で非難する。その後ろでは財務官僚がしきりに電卓をたたいている。


「ないなら、作ればいいじゃないか」

 風間首相が努めて陽気に言う。


「そ、そんな簡単にいくわけ……」

 なおも抵抗する財務省に、風間首相が明言する。


「これからの日本の国家成長戦略は、3つになるだろう。すなわち、メタンハイドレートの採掘・運用、海洋生物資源開発、そして、ナノチューブを軸とする、ナノテクノロジー開発だ。このいずれも、百兆円を超えるポテンシャルがある」


 ”メタンハイドレート”はまだ覚えている。船上会議で(あの時)話題に出ていた、日本の沿岸に大量に眠る新しいエネルギー源のことだ。


 2つ目の海洋生物資源というのも何となく分かる。海上都市を作るなら、海の生き物の食料化は必要になるだろうから。


 ――けど3つ目は、そもそも言葉の意味すら分からない。


「ナノチューブって、何? どんな役に立つの?」

 わたしにサラに、文章モードで訊ねる。


「1ナノメートルは、1メートルの10億分の1、つまり、それくらい細い(チューブ)のことだよ。これが実用化できれば、電気デバイスからエネルギー開発まで、極めて幅広い応用が期待されているんだ」


 うーん。10億分の1メートルと言われても、単位が小さすぎて、正直、あまりイメージが沸かない。そんなわたしにサラが補足してくれる。

「髪の毛の10万分の1くらい、つまり、DNAや水分子よりも小さいってことだよ」


 わたしは思わず、蛍光灯の光に透ける自分の髪の毛を手にしてみる。

この髪の毛の10万分の1っていうんだから、たぶんすごい技術なんだろう。


 必死で会話に付いていこうとするわたしをよそに、財務省の閣僚がなおも反論を続けようとする。

「そんな、夢のような技術なんか、すぐに財源には……」


 そこまで言いかけたところで、風間首相が遮った。


「全員の目線と知識が合っていない状況で議論しても意味はない。30分後、改めて会議を始める。それまでに、専門チーム(タスクフォース)が作成した、各分野の最新研究資料を読み込んでおいてくれ」


 ――助かった。このままいくと、知らない単語で頭が爆発しそうになるところだった……。


 ほっとしているわたしに、突然矛先が向いてきた。

「七海教授、星君、そしてリンさん。ちょっと、別室まで来てくれないか」


挿絵(By みてみん)

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