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火と氷の未来で、君と世界を救うということ  作者: 星見航
第10章:七つの鍵【2029年9月1日】
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第82話:七つの鍵

挿絵(By みてみん)


 次第に白みかけてくる空から、澄んだ鳥の音が聞こえてくる。


「いい声だね。あれって何の鳥?」

 ミゲーラが訊く。


「イソヒヨドリだね。鎌倉(このあたり)にも生息している、夜明けを告げると呼ばれる鳥だよ」

 創さんが教えてくれる。さすが世界的な地質学者だけあって、生態系にも詳しい。


「ヨーロッパで言う、夜啼鳥(ナイチンゲール)みたいな鳥ね。シェークスピアの『ロミオとジュリエット』にも出てくる」

 エリーが言う。


「『ロミオとジュリ(あれ)エット』って、どういう話だっけ?子どものころ、童話で読んだ気がするんだけど……」


 わたしの問いに、エリーは少し悲し気に答える。

「モンタギュー家とキャピュレット家という、代々対立する二つの貴族の家に生まれたロミオとジュリエットが恋に落ち、でもすれ違いによって悲劇の死を迎えるというお話よ」


ロミジュリのような(あんな)結末は、避けたいよね」

 ソジュンが言う。


 それは、ここにいる誰もが恐れていることだろう。

 氷河期到来によって居住可能地域が減ることで、”土地の奪い合い”が起こり、国家間の対立が先鋭化するシナリオだ。


 数十か国の首脳が集まった、船の中での会議の混乱ぶりを見ると、むしろそれはほとんど避け得ない未来のようにさえ思えてしまう。


「何がしたいんだろうね。人類共通の危機を目の前にしてるのに、敢えて対立を(あお)る人達って」

「対立そのものによって、潤う産業や得をする政治家がいるからね」

 ソジュンの真っ当な突っ込みに、アレクが肩をすくめる。


「”見たいものしか見ない”という人の(さが)もあるわ」

 と夢華が言う。


 ――確かに、そうなのかもしれない。

 わたしは何とはなしに、ベッドの上で寝息を立てているおじいちゃんと、その隣の安楽椅子で目を閉じるおばあちゃんの姿を見る。


 おじいちゃんとおばあちゃんが、わたし達と同じ年だった戦後(時期)と比べると、格段に国同士の行き来が増えているはずだ。なのに、世界にはいまだ、争いの火種が絶えない。

 

 ――思えば、そういったことから、今までずっと目を背けてきた気がする。

幼い頃はまだしも、高校時代は受験を理由に、大学に入ればバイトで忙しいからと、何かと理由をつけて。


 でも夢華が言う通り、たぶん「見たくなかった」だけなのだろう。

戦争も、貧困も、環境問題も、考えれば考えるほど気が滅入るし、無力感に(さいな)まれるだけだから。


 その時、眠っていると思っていたおばあちゃんが、急に椅子からすっくりと立ち上がった。


おじいちゃん(この人)は、よく言っていたわ」

そう言って、眠るおじいちゃんを見遣る。


「今の時代は、何でも手に入るように見える。でも、本当に価値があるものは、結局、簡単には手に入れられない。なぜなら、()()()()()()()()()()()()()()()からって」


 おばあちゃんは、どこか遠い目をしながらも、しっかりと言葉を紡ぐ。


「戦後まもなく生まれた私たちは、それこそ泥水を(すす)り、木の根を(かじ)りながら生きてきた。だからこそ、強く感じているの。どの国でも、“平和を得る為の狂おしい努力”を、“違いを超えて共存する意味”を、想像できる人と、そうでない人がいるって」


――そして、と続ける。


「そういう想像できない人が権力を握ると、世界は大変なことになる。だからこそ、みんなには、絶望的に見える未来であっても、共に立ち向かう想像力と勇気を持ってほしい――。最後の時間をここにいるみんなと過ごすと決めたとき、おじいちゃん(この人)は、わたしにそう伝えてくれたの」


わたしは、その言葉が、全員に沁みわたっていくのを感じていた。


今日この時まで共に過ごした時間は、おじいちゃんからのプレゼントであり、メッセージでもあったのだ。おじいちゃんは余命を賭し、そして、おばあちゃんもまた、おじいちゃんと二人で過ごせるはずの最後の時間を賭けていた。


その言葉の重みを噛みしめているとき。


不意に扉が開かれ、カイが入ってくる。

次いで、別室で子どもたちを寝かしつけていたはずの夏美さんと錬司さんが、寝ぼけまなこの悠くんと美紀ちゃんとともに入室する。


「みんなに、渡しておきたいものがあるんだ」

そうカイは言って、夏美さんと錬司さんに目で促す。


 見れば、二人の手には、七つの黒い小箱が握られている。


「カイさんに頼まれて、ずっと前から準備してたの」

 そう言って夏美さんは、エリー、夢華、アレク、ミゲーラ、ソジュン、わたし、そして悠くんに一つずつ手渡していく。


「開けてみてくれ」

 カイの言葉に、それぞれが木製の小箱を開くと、中から出てきたのは、不可思議な文様の紫の10cmほどの金属体だった。


 ジェンガ、あるいはテトリスのバーを複雑に(ねじ)ったみたいな形状だ。ただ、手触りは何かの鉱石のようで、ひんやりと冷たい。


 他のみんなのものも、材質は同じようだが、形状は微妙に異なっている。

 そして夢華は赤、そしてエリーは青だ。


 エリーが訊ねる。

「これって、火龍の舞の時の七色に合わせてるんですか?」


 夏美さんが続ける。

「ええ。カイさんから預かった()()を、立方体に加工した上で、七色に彩色したの」


「い、隕石?」

 思わぬワードに、思わず夏美さんに聞き返す。

「鍛冶師って、隕石まで打つんですか?」


「”流星刀”って言われる、白萩隕鉄(しらはぎいんてつ)で作られた日本刀のように、鍛冶師が隕石を製錬した例は過去にもあったわ。もちろん、私自身は初めてだけどね。ましてや、一つの塊から、七つの鍵を作るなんて……」

 そう夏美さんは言う。


「鍵!?」

「ああ。この7つの鍵は、組み合わせると一つの立方体になる」


「つまり、7つ組み合わせることで、()()()()()()()()()()()ということね」

 夢華の言葉にカイが頷く。


「この先、世界は混乱と分断に向かう可能性が高い。そして、新たな世界秩序が生まれるだろう。そして、そこには犠牲は避け得ない」

 そう言って、カイは星と創さんに視線を送る。


「もちろん、俺も、星も、創さんも、その犠牲を最小限にとどめるために、全力を尽くす。ただ、それでも力が及ばなかったら……。そのときは、新しい世界の命運を七人(みんな)に託したい。この鍵は、そのトリガーなんだ」


挿絵(By みてみん)

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