第76話:弱者
「わたしは、エリーを信じ抜く」
そう言って、わたしはカミラと対峙する。
天には、半月が光を放っている。
「信頼なんて、弱者同士の自己陶酔だろうが」
「他人を信じることさえできない、弱いあんたの言葉なんて響かない」
「はっ。弱者っていうのは、最後に地面に倒れている奴のことを言うのさ!」
殺気を四方にまき散らしながら、縦横無尽に大鎌を振り回す。
強化服によって筋力が倍増したカミラの一撃は、速さと重さを兼ね揃えている。
正面から斬り合えば、竹刀ごと両断されるだろう。
――けど。
殺気を感知することで、剣戟のタイミングと角度は予測できる。
ゾーンに入ったわたしの脳は、その剣戟をシミュ―レーションし始める。
あと十数撃避けられれば、隙ができるはずだ。その瞬間に、わたしの最高速度の打突をカミラの鳩尾に繰り出す。心の中で、カウントダウンを始める。
――次だ。
そう思った瞬間、突如、アバターの首が切られるイメージが脳裏を過った。
「まずい!」
そう直観が告げた。
半月が、一瞬翳った。
刹那、後頭部を強い衝撃が襲った。
あり得えるはずのない角度からの襲撃だ。
十萌さんが叫ぶ。
「敵の蝙蝠型アバターよ!」
体勢を立て直そうと顔を上げると、そこにはいつもの酷薄な笑みを浮かべたカミラがいた。
罠か!
あの溢れんばかりの殺気も、読めたと思った太刀筋も、この不意打ちのためのカモフラージュだった。
「このまま死ね」
カミラは渾身の力で、わたしの首筋めがけて大鎌を振り抜いてくる。
わたしはとっさに木の葉をカミラに投げつけ、ひるんだ隙に同時に強く地面を蹴る。
鎌の刃が、さっきまでいた地面に突き刺さる。
わたしはそのまま転がるように右前方への移動する。
そこに、さっきの蝙蝠型アバターが再び、その爪を突き付けてくる。
慌てて竹刀で撃ち落そうとする。
……が、蝙蝠は突如急上昇し、易々と躱されてしまう。
十萌さんが言う。
「反響定位よ。本物同様、蝙蝠型アバターも超音波で障害物を察知してる」
強化服で速度を上げた大鎌と、蝙蝠型アバターの空からの一体攻撃。
「大鎌の弱点なんて、とっくに分かっている。訓練で、あの隊長にさんざん煮え湯を飲まされたからな」
そういえば、カミラもその隊長の指示にだけには素直に従っていた。
「隊長は、お前らに敗れて置き去りにされたあたしに、もう一度チャンスをくれた。本堂にいるお前の仲間たちも、今ごろ地獄に叩き落としてくれてるだろうよ」
わたしの胸に、怒りを通り越して、憐みに似た感情が去来する。
彼女もまた、隊長に信じられたいと思っているのだ。
「もう一度言うわ。あんたたちなんかに、わたしもエリーも絶対に負けはしない」
わたしは再び正眼に構える。
「次の一撃で、それを証明してみせる」
「やれるもんなら、やってみな!」
そう叫んだカミラが左斜め下から、逆袈裟斬りを繰り出してくる。
同時に、右上空から蝙蝠が急降下してくる。
わたしは屈むと同時に、カミラの大鎌の柄を竹刀で下から跳ね上げた。
大鎌の軌道が斜め上に逸れる。
その軌道上にあるのは、蝙蝠アバターだった。
大鎌の刃を逃れるように、蝙蝠は急速に右に方向転換をする。
その位置ちょうどに、わたしは竹刀を斬撃を繰り出す。
大鎌と竹刀に挟まれ逃げ場を失った蝙蝠は、叩き落され、地へと落ちていく。
「なん……だと!?」
カミラの声が闇夜に響くより前に、私の剣先は彼女の鳩尾にめり込んでいた。
意識を失ったカミラの身体が崩れ落ちる。
「あんたの敗因は、一人だったってこと」
わたしは、地に横たわるカミラに告げる。
一人の人間が、あれだけの大鎌を高速で振り回しながら、同時に、脳波で蝙蝠アバターを操作するのは、相当難易度が高い。それができるだけでも、稀有なセンスの持ち主と言える。
けど、鎌と蝙蝠の両方に意識が奪われる以上、どうしてもそれぞれの軌道が単調になる。そして、どんなに超音波で相手を察知しようと、軌道を読んで逃げ道自体を封じれば、叩き落すことは可能だ。
――もし、彼女に信じられる仲間がいて、蝙蝠アバター操作を委ねていたら、たぶんわたしは負けていた。それほど、紙一重の戦いだった。
本堂に向かって走りだそうとしたわたしに、十萌さんが声をかける。
「結索を忘れないで」
結索とは、敵の手足を縛ることだ。
わたしは自分の焦りを自覚する。カミラが目覚めた後、背後から襲われたら元も子もない。
おじいちゃんのお陰で、野山の植物の蔓や茎を使って、数十秒で結索ができるようになっていた。
――急がなくちゃ。
夢華、アレク、エリーの三人でも、武力的に圧倒的な不利な状況で、いつまで持ちこたえられるかは分からない。
ようやく本堂の入り口に周ったとき、わたしは目を疑った。
本堂の入り口方向から、炎と煙が上がっていたからだ。
――まさか、燃えてる!?




