第75話:死神の鎌
「お前に選択肢を与えてやるよ」
魔女を思わせる黒いフードに全身を包んだカミラが言う。
「おとなしくアバターの首を差し出すか、それとも、死神の鎌に無理やり狩られるかを」
そう言って、身長を遥かに超える巨大な鋼鉄の鎌を誇示する。
総射程は3メートルを超えるだろう。
――この竹刀で対抗できるだろうか。
前回は夏美さんが託してくれた神刀があったらかこそ、互角の戦いができた。
けど、この竹刀じゃ、相手と切り結んだ瞬間に体ごと切断されるだろう。
十萌さんがVR越しに声をかけてくる。
「挑発は無視して。あの時より、リンは格段に強くなっている」
その言葉にわたしは冷静さを取り戻す。
そうだ。山籠もりでわたしたちは強くなった。
わたしは神経を集中し、フロー、そしてゾーンへと入る。
「脳波伝達率99.2%」
十萌さんが言う。
これで、ほぼ完全に、アバターを動かせる。
カミラの武器は、射程の長い大鎌だ。
一撃目を交わし、懐に入れれば勝ちが見えるはずだ。
前回対決時の剣速なら、十分に対応できるはずだ。
――けど、このカミラがそんな甘い相手だろうか。
何より、同じくゾーンに入っていたはずのミゲーラがあの短期間でやられているのだ。
わたしは、一計を案じる。
地面に落ちている30cmほどの木の枝を拾い、それを槍のようにカミラに投げる。
同時にわたしは、その間合いを一気に詰める――。
カミラは上に構えた鎌で、枝を斜め下に叩き落すと、下から鎌を一気に跳ね上げる。
その第二撃が、重力に反するかのように、”ぐんっ”と急加速した。
――速い!
それは、わたしの太刀筋を遥かに超えるスピードだった。
ほとんど、人間技じゃない。
もし、予定通り、後ろに退がらなければ、完全にぶった切られていたに違いない。
「その腕は……」
攻撃の瞬間、カミラの腕が垣間見えた。私の疑念が確信に変わった。
「は、良く初見で見破ったな」
そういってカミラはフードを脱ぎ捨てる。
いつもの肉感的なタンクトップが露わになる。
しかし、右肩から腕の部分にかけて、異常な膨らみがある。
まるで、そこにだけ巨大な義肢をはめ込んだような……。
「それって、エリーの……」
「そうだ。強化スーツってやつさ。但し、右腕の戦闘力向上にだけに特化したな」
わたしの胸に、ふつふつと怒りがこみ上げている。
自分の足で歩くという願いをかなえるため、10年かのリハビリの末、エリーがようやくたどり着いたのがこの強化スーツだった。
それをカミラは、相手を傷つけるためだけに使っている。
「こいつのお陰で、斬撃スピードはお前の竹刀を遥かに超える。仮にゾーンに入ったとしても、お前に勝ち目などない」
――でもどうやって、最新型のはずのバイオニック義肢を入手できたんだろう。
「エリーのお陰で、だいぶ助かったよ」
カミラはにやりと嗤った。
「あんな情報を、わざわざ無償で提供してくれるなんてな」
わたしを言葉を失う。
エリーが、カミラたちに……?
「スパイ様のお陰で、こっちの研究も捗ったよ」
そういって、巨大な鎌を軽々と振り回す。
夢華がスパイ!? そんなこと、天地がひっくり帰ってもあり得ない。
親友が侮蔑され、頭の血が沸騰しそうになるのを感じる。
「ま、信じようと信じまいと一向にかまわんよ。どうせ、今日までの付き合いなんだろ?」
そういって、一歩、間合いを詰めてくる。
わたしは、混乱する頭で必死に考えていた。
思い起こせば、確かに不可解な出来事もあった。
研究所に、敵のトンボ型ドローンが入り込んでいたこと。
悠馬君が、誘拐されたこと。
非公開のはずの三式島での儀式が、狙い打ちされていたこと。
もしかしたら、研究所内部に内通者がいたと考える方が、合理的なのかもしれない。
――でも。
わたしは、夢華の言葉を思い出していた。
「一度信じると決めたなら、信じ抜くだけ」
そう。わたしは、とっくに決めている。
エリーを、そして彼女と一緒に過ごした日々を信じることを。
信じるということは、願いにも似た想いなのかもしれない。
その願いを乗せたかのように、夜空に一筋、星が流れた。




