第74話:今、守るべきもの
ドゴォォォォォォォン!!!
轟音とともに、本堂のドアが吹っ飛んだ。
黒い巨大な塊が、本堂の入り口にめり込んでいる。
それは、黒塗りの装甲車だった。
どうやら、装甲車を、わたしたちの攻撃への防壁替わりに使うつもりらしい。
その陰には、残りの傭兵部隊が身を潜めている。
「GO!」
隊長の合図とともに、装甲車の影から数名が姿を現し、機関銃を掃射する。
アバターの胴体に銃弾が掠る。
――アバターの確保から、破壊に作戦を切り替えたのだろうか?
次の瞬間、拳くらいの何かが3つ、こちらに向けて放り投げられた。
――手榴弾!?
アレクとソジュンが空中で撃ち落す。
が、空中で爆破すると思われたそれは、猛烈な勢いで白い煙を噴き出し始める。
「白煙弾だ!」
アレクが叫ぶ。
視界が煙で真っ白に染まり、敵はおろか、となりに立っている悠くんとソジュン以外は、味方の姿さえ視認できなくなる。
目を凝らすと、白煙の中を、赤い線が照射されている。
――あれは?
夢華が吠える。
「照準器よ! 射撃が来る。伏せて!!」
わたしは反射的に伏せる。
……が、悠くんは、コンマ1秒反応が遅れる。
その隙を、敵は見逃さなかった。
”ドォン”という、腹に響く音が鳴り響く。
バギンッ!!!
金属で思いっきり固いものをぶっ叩いたような音が響くと同時に、悠くんのアバターの胴体が吹き飛ばされた。
アバターの頭部が空中に舞い、鈍い音を立てて本堂の床に落ちる。
――何が起きたの?
そう思う間もなく、今度はソジュンのアバターの右腕が、握っている銃ごと吹き飛んだ。
ソジュンが叫ぶ。
「気をつけろ!バズーカ砲だ!触れたら、胴体ごと吹っ飛ばされる」
「全員、仏像の背後まで走って!!」
夢華が指示を出す。
――そういえば……。
合宿のとき、わたし達は偶然発見していた。
あの巨大な釈迦如来像の裏には、外へと繋がる小窓があったはずだ。
確か鍵はかかっていたけど、あれくらいなら……。
その意図を汲んだミゲーラが、カポエイラ仕込みの蹴りを炸裂させる。
小窓はほどなくして蹴破られ、大人でも、かがめば通れるくらいの空間が生まれた。
「敵の標的は、おそらくアバターの首よ」
そう夢華が言う。
「無傷のままアバターを確保するのは難しいと見て、狙いを”頭部”だけに切り替えたみたいね」
アレクが頷く。
「だから、弾道が胸部より下に集中していたわけか。バズーカ砲も、頭部まで破損させないないよう、雷管を調整していたはずだ」
夢華が十萌さんに訊く。
「今、最も守るべきものは何?」
十萌さんは瞬時に答える。
「巨大アバターの人工頭脳だけは死守して」
確かに、以前十萌さんは言っていた。
K5は、「人工頭脳を搭載した、世界初のアバター」だと。
あんな卑劣な敵に奪われた場合、それがどう使われるかは想像もしたくない。
夢華が指示を出す。
「私、アレク、エリーは本堂で敵を迎え撃つ。ソジュンは、悠くんのアバター頭部を確保。ミゲーラとリンは、この扉から外に出て、敵を背後から攻撃して!」
――そうか!
敵は入口付近に集中している。
わたし達が背後から襲えば、挟み撃ちの形になる。
まずは、ミゲーラがその身をかがめ、外へと出る。
わたしはソジュンに声をかける。
「悠くんのこと、頼んだわね」
おじいちゃんとの修行を積んできたわたし達と違って、悠くんは初めての実戦だ。
そして何より、彼はまだ小五なのだ。
アバターとは言え、脳波と視界がアバターにリンクした状態で、体を吹き飛ばされる恐怖はどれほどのものだっただろう。
「任せて」
右腕を失ったソジュンが力強く答えてくれる。
案外、年が一番近いソジュンこそ、悠くんの気持ちに最も寄り添えるのかもしれない。
わたしは身をかがめ、小窓をくぐって、小走りでミゲーラを追う。
ほどなくして、境内の灯に照らされる、ミゲーラのアバターの後ろ姿が見えた。
「ミゲーラ……」
そう呼びかけて、わたしは息を呑んだ。
そのアバターには、首がなかった。
「ようやく来たか」
前方で、黒い影がゆらりと揺れる。
その手には死神を思わせる大鎌が握られている。
「カミラ!」
わたしの声が怒気を孕む。
薄明かりに、女の酷薄な笑みが照らされる。
「今度こそ、その首を狩ってやる」




