第71話:強奪
報極寺の本堂に駆け付けた私たちを待っていたのは、緊迫した面持ちの星だった。
「カイは?」
「今もまだ、スカルのサイバー攻撃に防戦中だ」
そう言って、戦争部屋を指さす。
ガラス張りの部屋を見ると、カイと7体の蜘蛛人間アバターがキーボードを叩き続けている。一瞬たりともスクリーンから目を離していないのか、その目は血走ってきている。
――カイのここまで必死な様子は初めてだ。
逆に言えば、スカル一派が、そこまでの強敵なのだろう。
「でも、神剣奉納祭は終わったのに……。何で今さら三式島に?」
わたしの問いに、星が答える。
「敵の真の目的は、三式島にあるリアルアバターを強奪することだったんだ」
――え!?
「山野辺家の本堂には、火龍の舞を終えたばかりの7体のリアルアバターが置かれている。それに、一心先生が操作していた、5mの巨大アバターも」
わたしは、戸惑いながら訊ねる。
「え、でも、火龍の舞に合わせて、脳波情報を全世界に公開した以上、機密情報としての価値は失われるって話じゃ……?」
「脳波情報自体はね。でも、脳波技術は、その”受容体”としてのリアルアバターが揃って、はじめてその価値を発揮する。もし、今の時点でリアルアバターを独占できれば、他国やライバル企業を出し抜くことができる」
夢華が、ストレートに問う。
「そんなことは分かっているわ。問題は、なぜ噴火で入島が禁止されている三式島に、テロリストたちが入れたかということ。日本政府が、海上封鎖していたんじゃなかったの?」
――あくまでも憶測だけど、と言って十萌さんが答える。
「リンと夢華に敗れた後、カミラたちは、島から脱出したと思っていた。でも、実際は、島に潜伏し続けていた可能性が高い」
「潜伏って、一体どこに?」
「恐らくは、無数にある地下洞窟の一つに。度重なる噴火で三式島の地形は複雑に入り組んでいる。七海教授さえ、全貌をつかみきれないほどに」
奇岩の海岸で修行していたとき、確かに十萌さんはそう言っていた。
実際、蝙蝠が飛び交うあの洞窟は、数十人くらいなら隠れても気づかないくらい巨大だった。
もし、あんな地下洞窟に潜伏しているとしたら、敵の発見は至難の業だろう。
「これ、すぐに装着して」
十萌さんの指示に従い、スタッフがわたし達それぞれに、スカウタータイプのVRゴーグルを渡してくれる。三式島でのカミラとの闘いに使った、いわば戦闘特化型の機器だ。
「日本の海上保安庁には既に連絡してある。彼らが到着するまでは、自分のアバターは自分で守って」
スカウターを左目に装着しながら、アレクが、不可解そうな表情を浮かべる。
「もし私たちが、アバターを脳波操作して本気で抵抗したら、強奪なんてできるはずがない。そんなことも分からない、単純な相手とも思えないが……」
――それもそうだ。
現時点で、わたしたちのアバター操作は、世界でもトップレベルに達している。
アバターを操作して迎撃するか、それでなくても最悪、アバターごと敵の手から逃げればいい。
スカウターから、カイの声が響く。
「現地からの映像によれば、現在的は、島の反対側に集結し始めている。その数、約20名。おそらく15分以内に、山野辺家の本堂に到着するはずだ」
「俺は、引き続き、スカルによるセンターAIへ攻撃に対するデジタル防壁網の構築に集中する。だから、みんな自分のアバターの身は、自分で守ってほしい」
「了解!」
そう言って、わたしたちは、VRスカウターを経由して、アバターに脳波を連動させる――はずだった。
――あれ?
本来であれば、アバターの目線の切り替わるはずのスカウター画面には、何も映っていない。
つまりそれは、脳波がアバターに届いていないことを意味する。
慌てて周囲を見渡すと、どうやら、みんな同じ状況のようだ。
それぞれに困惑の表情を浮かべている。
「どうなってるの?」
つい1時間前までは、全く同じ手順でアバターと脳波連動できていた。
それが、突如誰一人として接続不能な状態に陥っている。
そのとき、アラーム音とともに、アイロニクスのスタッフの声が響く。
「三式島と鎌倉を接続していた、日本国の通信衛星がハックされています!アバターへの脳波送信が阻害されています!!」
――通信衛星が、ハックされている!?
それによって、脳波を乗せた電波が、アバターまで届かなくなったということだろうか?
「敵の特定は?」
十萌さんが訊く。
「相手からの、映像メッセージが届いています!」
「画面を切り替えろ」
カイが低い声で言う。
切り替わった画面を見て、わたしは思わず叫ぶ。
「カミラ!!」
「残念だったな。日本国政府の通信衛星は、あたしたちがハックした。天下のカイ・ローゼンバーグでも、スカルの攻撃との同時対応は不可能なはずだ。大切なアバターが奪われていくのを、鎌倉で指を咥えて見ているがいい」
そういって、カミラは笑い声をあげる。
復讐の愉悦に支配された、狂気と冷徹さを孕んだあの笑い声を。
そこで映像は終わった。
わたしは背筋がぞくりとした。
奴らは、最初から三式島を狙っていたのだ。
カイを自由にしたら、気づき次第、間違いなく彼らの計画を阻止する。
だからこそ、わざわざ事前予告までしてスカルをカイにけしかけ、その動きを封じ込めた上で、通信衛星をハックしたのだ。
慌てるわたしとは対照的に、夢華は冷静な様子を崩さない。
そして、きっぱりと言った。
「カイ、あんな奴らに今までの成果を奪われるのを、黙って見ているつもり?あるんでしょ、切り札とやらが」
確かに、以前サイバーアタックの懸念について話し合ったとき、カイは言っていた。
『いざというときの切り札がある』――と。
それは、てっきり7体の蜘蛛人間型アバターのことだと思っていた。
――だけど。
よく考えれば、徹底した秘密主義のカイが、切り札をあんなにも簡単に切るのはおかしい気もする。
ガラス越しのカイは、夢華の問いに、僅かに逡巡した様子だった。
十萌さんの表情からも戸惑いが伝わってくる。
――その切り札とやらは、そんなにヤバいものなんだろうか?
それでも、カイは意を決したようにこう宣言した。
「危機レベルを一段階引き上げる。新ミッションは、日本国の通信衛星の奪回と、スカルの撃退だ。即時、ファントムに緊急回線を繋ぐ」




