第68話:最後の舞
火龍が、七人目の舞い手であるわたしの、最後の一撃を跳ね除ける。
衝撃で、後方に吹っ飛ばされる。
七人それぞれが、全力で火龍に立ち向かい、なすすべもなく敗れ去っている。
ある者は膝をつき、ある者は横たわっている。
自然災厄の象徴としての”火龍”。
それは決して、人ひとりの力だけで立ち向かえるものではないのだろう。
笛の音が止み、しばしの静謐が訪れる。
初めに立ち上がったのは、夢華だった。
ひとり、またひとりと、ふらつきながらも立ち上がる。
最後にわたしが立ち上がったとき、三味線の音が会場に鳴り響いた。
ゆっくりと弾かれる弦の音は、徐々にその速度を増し、やがて奔流のように会場を飲み込んでいく。その音の波に後押しされるかのように、わたしたちはそれぞれの剣を、火龍に向かって構え直す。
わたし達の集中力は、いまや極限まで高められていた。
夢華、アレク、ソジュン、ミゲーラ、エリー、そして悠くん。
それぞれの次の動きのイメージが、波となって脳に伝わってくる。
夢華の剣先が僅かに動く。
それを察知した全員が、それぞれの必中の構えに変え、火龍を再び取り囲む。
――いよいよ火龍の舞のクライマックスだ。
荒ぶる火龍に対して、一糸乱れぬ動きで、七人全員が同時に火龍に向かい切りかかっていく。
火龍はその圧倒的な力で、あらゆる攻撃を跳ね返し続ける。
それでも、わたしたちは諦めない。
千年の時の流れの中で、三式島の民が噴火という災厄と共存してきたように、受け入れながらも、必死で生存を希求していく。
不思議な感覚が身体を貫く。
まるで、自分ではない何か大きな力が、わたしに降りてきているような、かつてない感覚が。
はたして、何百合斬り合っただろうか。
火龍の動きが徐々にゆっくりとなり、やがて、大地へと横たわる。
わたしたちは、七本の神剣をそれぞれの鞘に戻し、火龍に捧げる。
舞台を包み込むように、鈴の音が流れる。
微かなその音色は、まるで神の意志を示すかのように、清らかで神聖だった。
火龍がゆっくりと起き上がる。
そして、暗闇の中へと消えていく。
やがて、太鼓の重厚な響きが会場に鳴り響く。鉦の澄んだ音、笛の静謐な旋律、三味線の優雅な調べ、鼓の軽やかな響き、そして神聖なる鈴の音が一体となり、場を包んでいく。
オープニングと同様に、白装束の夏美さんが舞台に現れ、7本の刀を神へと奉納することを宣言する。
こうして、神剣奉納祭は終幕を告げた。
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――出し切った。
舞台袖に座り込んだわたし達は、恍惚と虚脱が入りまじったような感触に囚われていた。
あのとき、確かにわたし達は一体になった。
人種も立場も超えて、一つになって災厄と立ち向かっていた。
わたし達の下に十萌さんが駆けつけてくる。
「最高だったわ」
その目には涙が浮かんでいる。
「最後みんなで火龍と戦ったとき、共振反応が起こったの。7人の合計の伝達率が、1000%を超えていたわ」
――つまり、一人あたりの脳波伝達率が、100%以上を記録していたことになる。
確かにあの瞬間、何かが降りてきたきたような感覚があった。
みんなもまた、それを感じていたようだ。
「おじいちゃん以外、わたし達が100%を超えたことなんてなかったのに。何でなんだろう……」
わたしは呟く。
「今のところ、二つの可能性が考えられるわ。一つは、おじいちゃんが取り入れた波を、みんなへと分け与えたパターン。そして、もう一つが、悠馬君と美紀ちゃんが、脳波の増幅器としての役割を果たした可能性よ」
増幅器……?
十萌さんは”ぱんっ”と手を叩いた。
「まあ、細かい話は後にしましょう。私たちは、完璧に火龍の舞をクリアした。今ごろ、画面の向こうの世界中の科学者たちが、大慌てで脳波データの検証をしているはずよ」
ソジュンが、ふうっとため息をつく。
「今までのどんなゲームより緊張したよ」
お酒好きのミゲーラが言う。
「どうせ最後の夜なんだし、みんなで打ち上げしない?」
「酔った夢華を、もう一度見たいしね」
アレクの脇腹を、彼女が無言で小突く。
そんな和やかな空気は、しかし、次の瞬間に霧散した。
ドアが、大きな音を立てて開かれた。
おばあちゃんが、息を切らせて入ってくる。
その髪は乱れ、体は震えている。
「ど、どうしたの?」
思わずおばあちゃんの手を取る。氷のように冷たい。
嫌な予感が全身を貫いた。
「あの人が……おじいちゃんが動かないの」




