第67話:電脳攻撃
「アイロニクスのセンターAIにサイバー攻撃あり!! 防御壁に割れ目 を作り、そこを同時攻撃する手口から見て、スカル一派と考えて間違いないかと思います!」
緊迫した声が響き渡る。
「了解した。今から、サイバー攻撃対策の全指揮は俺が執る。同時に、日本時間20:46分02秒をもって、火龍の舞の全権は九条十萌に移行する」
カイはそう言って、報極寺の一角に設置された対サイバーアタック用の個室――通称戦争部屋に入っていく。
ウォールームとは、この時のために、カイ専用に作られたガラス張りの部屋だ。
カイが座る中央の席を要とする形で、扇形に7体のPCが並んでいる。
何より目を引くのがカイ以外の席に配置されている、異形のアバターだ。
その外見は人間というより蜘蛛に近い。なぜなら、背中の部分から八本の機械の腕が伸びているから。
この7体の蜘蛛人間型アバターは、カイの脳波と連動し、人間には不可能な速度でプログラムを書き上げていくという。
カイが速足で中央の椅子に座るや否や、すぐさまキーボードを叩き始める。
同時に、7体のアバターの腕が動きだす。
それぞれ8本、計56本の腕が、まるでオーケストラのように奇妙な連動性を持ってそれぞれのキーボードを操作し始める。
――たぶん、これが、カイの言った切り札なんだろう。
十萌さんが力を込めて言う。
「今回の攻撃は想定内よ。スカルの侵入を阻止し続けられれば、無事神剣奉納祭は行える。残り12分19秒。カイさんを信じて、アバターとの脳波連動を切らさないでいて」
「問題ないわ。一度信じると決めたなら、信じ抜くだけ」
きっぱりと夢華が言う。
その言葉で、わたし達の覚悟も決まる。
VR仮面を装着し直し、脳波伝達率を高めて、それぞれのアバターとシンクロする。
「おじいちゃん、準備はいい?」
サイバー攻撃の話など気にも留めない様子で、道場の隅でずっと目を閉じ座禅をしていたおじいちゃんに声をかける。
傍らに立っていたおばあちゃんが、耳元で何かを囁く。
「待ちくたびれたよ」
おじいちゃんがゆっくりと立ち上がる。
「さて、最後のお勤めといこうかの」
十萌さんがカウントダウンをする。
「開始まで、後1分20秒。カスタマイズAIの案内により、電脳空間上の舞台に続々と観客が集まっているわ。観客は、30億人を超えている」
「スカルのサイバーアタックの状況は?」
「今のところ、カイさんの指揮の下、全て跳ね返している」
戦争部屋に目をやると、カイが一心不乱にキーボートを叩き続けている。
およそ人間技とは思えないスピードだ。
そして、7体の蜘蛛人間型アバターが、カイの脳波指令に従って8本の腕を動かし続ける。
――まるで、7人の分身がいるみたいだ。
これなら、スカルが他のブラックハッカーたちと徒党を組んで攻撃してきたとしても、防ぎきれるかもしれない。
「残り10秒」
そう十萌さんは言うと、夏美さんに目配せする。
白装束に身を包む夏美さんが頷くと、手を上げ、周りを囲む楽隊に指示を出す。
わたしは心の中でカウントダウンを続ける。
ちょうどそれが0になったとき、ステージが暗転する。
一瞬の沈黙の後、儀式の始まりを告げる鐘の音が響き渡る。
暗闇の中、不意に白装束の夏美さんにスポットライトが当たる。
夏美さんが舞台中央に向けて歩くたびに、足首に巻かれた鈴が、シャン、シャンという音を響かせる。その歩みを止めたとき、大太鼓の重厚な音が空気を震わせた。
ドーン、ドーンという腹に響く音が続いたかと思うと、やがてその間隔が徐々に短くなっていく。
人ならざる者が現れる予兆だ。
黒と金色をあしらった火龍が、地より現出する。
ゴゴゴゴ、という地響きがしたかと思うと、舞台後方の巨大なバーチャルスクリーンに噴火の映像が現れる。まさに二週間前に噴火した三式島の噴火の映像だ。
――す、すごい。
VR画面ということもあって、想像を遥かに超える迫力だ。
これは十萌さんの発案だった。
火龍の舞は、噴火の化身である火龍が現れ、7本の神剣を持つ舞い手と斬り合った後、その神剣を火龍に奉納し、やがて火龍が地に還っていくというシンプルなストーリーだ。
それでも、様々な文化を持つ世界の数十億人にとっては、理解しがたい要素も多い。
そこで、今回は、伝統的な演舞や演奏に、現実の映像を演出を組み合わせることで、その効果を高めている。更に、各々のカスタマイズAIが、それぞれの母国語で解説までしてくれているという。
深山一心が扮する火龍の化身は、荒れ狂う噴火そのままといった様相で、舞台で跳ねまわっている。
一見無軌道に見えて、極めて洗練された身のこなしだ。
その時、透き通るような竹笛が静かに響き渡った。
――合図だ。
スポットライトがわたしたちにも当たる。
赤装束の夢華、橙のアレク、黄のソジュン、緑のミゲーラ、青のエリー、藍の悠くん、そして紫のわたしが、順に舞台中央へと歩いていく。
バーチャルスクリーンの噴火の映像が、黒く染まる。
そして、新たにスクリーンに現れたのは、脈動する八色の波の映像だ。
激しく動く金色の波と、穏やかに上下する七色の波。
ほとんどの人の目には、舞台を彩る前衛アートか何かに映っているだろう。
だけど、見る人が見れば分かる。
これが、おじいちゃんと、わたしたちの脳波をビジュアル化したものだということを。
世界中の諜報機関が独り占めを狙う脳波情報を、40億人に一気に公開する。
それにより、情報の民主化を行うことこそが、カイの狙いだった。
わたしは、気持ちが昂っていくのを感じていた。
そんな感情に反応し、画面上の紫色の波が、ぴくんと跳ねる。
「気をつけなさいよ」と言わんばかりに、夢華がわたしを一瞥する。
――危なかった。
自分の番にゾーンに入り込むまでは、フローを保つ必要がある。
やがて夢華が、紅の鞘から美しい光を放つ日本刀を抜く。
それを、目にも止まらない速さで、金色の火龍に向けて一閃する。
火龍がそれを受けきると同時に、夢華に向かって切りつける。
その動きは流れるように美しく、観客の目には実戦にしか見えないはずだ。
それほどまでに、彼らの太刀筋には迷いがない。
背後では、赤色の脳波図が躍動し始める。
三式島でも、おじいちゃんと夢華のアバター同士の斬り合いが行われているはずだ。
わたしは静かに集中する。
つらかった修行の日々が一瞬だけ脳裏を過り、去っていく。
過ぎ去ったことはどうでもいい。
今のこの瞬間に、わたしの全てを出し切って見せる。




