第66話:双子の地球
2029年8月31日 20時59分
「プロジェクト”火龍の舞”、作戦開始まで、あと10秒」
報極寺の本堂に、カイの張りつめた声が響く。
わたしたちも思わず身構える。
「9・8・7・6・5・4.3.2・1……、カスタマイズAI、全世界同時ジャック開始!!」
その声と同時に、わたしたち全員のスマホが、一斉に振動する。
緊張を和らげるかのように、十萌さんが努めて明るい声で言う。
「みんなのスマホの画面を、VR仮面に連動させているわ。火龍の舞の前座を、十分に楽しんで」
「リン」
馴染みのある呼び声とともに、突如、わたしの視界に3Dモデリングをされたサラが現れる。
いつもはスマホ画面で、平面的のアイコンを見ていたので、立体感のあるサラの姿は新鮮だ。
「今から、全く新しい世界に案内するよ」
他のメンバーの反応を見ると、それぞれのVR画面にも、自分のカスタマイズAIが現れているらしい。
――新しい世界って、一体何?
わたしの問いにサラが笑顔で答える。
「電脳世界に築かれた、人間とカスタマイズAIが共存する世界だよ」
そういうと、視界が一瞬で切り替わる。
次の瞬間には、わたし達は、三式島の山野辺家の本堂らしき場所にいた。
「え、ここって!?」
わたしはVR仮面を装着していることも忘れ、周囲を見渡す。
一瞬、本堂でスタンバイしているアバターに視界が切り替わったのかと思った。
でも、細部を見ると、そこが精巧に再現された電脳空間であることが分かる。
「新世界にようこそ」
十萌さんが言う。
「今、みんなは電脳空間上に作られた、三式島の山野辺家本堂にいるわ。ちょっとだけ、ご案内するわね」
そう言うと、わたしたちの視点が、ゆっくりと上空へと移行していく。
まるで、地図アプリの世界に、実際に入り込んだような気分になる。
ただ、VRである以上、没入感は桁違いだ。
「あ、ここって……」
カイが運転する飛行車に乗って、三式島の噴火口を眺めたことを思い出す。
あの頃は黒煙を上げていただけの火口は、今では溶岩がうごめいている。
「衛星通信データを、リアルタイムで電脳空間の3Dモデリング化している、ってわけか……」
アレクが感嘆の声を漏らす。
「ええ、人力ではまず不可能だから、専用衛星からの画像を、アイロニクスのセンターAIが中央処理して、常に反映させているってわけ。量子コンピューターはまだ実験段階だけど、それが実用化に至ればさらに高精度な世界の再現が可能になるわ」
更に視点が上がっていく。
三式島から東京全体に、やがて関東平野、日本全体、アジア、そしてユーラシア大陸へと俯瞰の対象が広がっていく。
そして、視点が宇宙に至って、デジタルの地球が眼下に現れたとき、わたしはようやく気付いた。
「まさか、電脳空間に、地球を丸ごと再現したんですか?」
――てっきり、三式島の本堂だけを再現し、その画像を全世界の人に届けるだけだと思っていた。
「ええ、その通り。電脳空間における、双子の地球。それこそが新世界よ」
十萌さんが誇らし気に答える。
3D化されたサラがわたしに語り掛けてくる。
「分からないことがあったら、何でも聞いてね」
十萌さんが言う。
「今頃、世界中のユーザーが、自分自身のカスタマイズAIの導きによって、この世界を案内されているはず。この世界では、カスタマイズAIと、一緒に過ごすことも可能よ。今回はまだβテストだけど、今後、ユーザー間の交流機能も実装していくつもり」
もともと、カスタマイズAIは、自分の好きな人やキャラに設定している人が多い。彼らと一緒に過ごせるなら、喜んで電脳空間に入り浸るひとも増えるだろう。
「この先、VRMMOの世界に行きつくってわけか……」
アレクが呟く。
――もしかして。
わたしたち全員の脳裏にはきっと同じ作品が浮かんでいたに違いない。
今なお世界中でファンを惹きつけているライトノベルの金字塔、『ソードアート・オンライン』のことが。
十萌さんが言う。
「厳密なフルダイブのVRMMOの実現には、五感の再現が不可欠よ。2029年の技術では、視覚と聴覚の再現が限界なの。残念ながら、触覚・味覚・嗅覚はまだ再現が難しい」
「そうなんですね……」
『ソードアート・オンライン』ファンとして、ちょっとだけ落胆する。
十萌さんが、笑いながらわたしを慰める。
「今後、触覚再現技術や、味覚や嗅覚を司る脳機能研究が進み、量子コンピューターが実用化されれば、フルダイブVRMMOも夢じゃなくなるわ」
話が壮大になりすぎて、想像さえも追いつかない。
――これもまた、いつか言っていたローゼンバーグ家の”真の目的”の一つなのだろうか。
そんな思いを巡らせていたわたしに、十萌さんの声が届く。
「さ、双子の地球ツアーはそろそろ終わり」
視点が再び切り替わり、山野辺家の本堂の中に移る。
「みんな、アバターに脳波連動させて。観客は既に10億人を超えている。14分25秒後、神剣奉納祭を開始させるわ」
わたし達が精神を集中させ、アバターに入り込もうとしたそのとき。
研究所のスタッフが、緊迫した声を上げた。
「アイロニクスのセンターAIに攻撃あり!スカルによる、サーバーアタックかと思われます!!」




