第52話:つながり
おじいちゃんと一緒に座禅する、人工頭脳搭載型アバター・通称K5を見上げながら、十萌さんが感嘆の声を上げる。
「おじい様、すごすぎる……。まさか、アバターの人工頭脳の脳波を、自分の方から読み取って一体化させられるなんてね」
α波が……、いやβ波が……などと、十萌さんがぶつぶつと独りごとを始める。
やがて、その視線が遠いどこかを彷徨いだす。
いつもの理系女子ワールドに入る兆候だ。
そんな十萌さんを、こっちの世界に引き戻すかのように、アレクが訊ねる。
「そもそも、人工"頭脳"と人工"知能"の定義の違いを教えてほしい。かつては、ほとんど同じ意味で使われていたかと思うんだが……」
十萌さんがはっとしたように反応する。
「あ、ごめんなさい。確かに、そこの説明をしていなかったわね」
視線もこちらに戻ってくる。
確かに色んな定義があるんだけど……、と前置きした上で、十萌さんはバーチャルプロジェクターに人間の脳もモデル図を投影する。
「人工知能は脳の一部のみを、デジタルに再現したものよ。特に計算などを行う、比較的ロジカルな思考を司る、脳の一部機能だけをね」
キーを押すと、脳の一部が光り出す。
「それだけあれば、実物の脳がなくても事足りる。だから、サラも含めて、今までの人工”知能”のプログラムは、全てオンラインのサーバーに蓄積されているわ」
――会話している限りでは、明らかに人間の知能を超えているように見えるサラであっても、実は人間の脳の一部の機能しか持っていないということか。
十萌さんが再びキーを押すと、今後は脳のモデル図全体が光り出す。
「でも、実際の人間の脳波はもっともっと複雑なの。体を動かしたり、感覚を感じたり、音を聞いたり、ものを見て認識したりね。物理的な生命体を維持するためには、より多くの機能が必要だから」
わたしたちの表情を見ながら、十萌さんが続ける。
「そうした多様な機能を持つ脳を、”物理的に再現しようとしたもの”が、このK5に搭載されている人工頭脳ってわけ」
アレクが唸る。
「なるほど、全脳を、構造的に再現するってことか。この研究が進むのは、まだ先の未来かと思っていたが……」
本業の建築家だけあって、アレクの理解はさすがに速い。
一方で、何となく分かっていたつもりのわたしは、反対にどんどん分からなくなってきている。
十萌さんは、更に補足してくれる。
「将来、海上都市や、地下都市を建築していくためには、脳波での操作可能な巨大なリアルアバターが絶対に必要になる。だけど、一人の人間の脳波量には限界がある以上、どんなに伝達率を上げても、等身大くらいのアバターしか動かせない」
エリーが手をぽんと叩く。
「そっか!アバターに人工頭脳を搭載して、人とアバターの脳波を共振・増幅させられれば、より大きなアバターも動かし得るってことね」
「ええ。アバターであれば、特定の人の脳波に会うように調整することも理論上は可能だからね。ただ、そもそも、今まで脳波の共振の原理自体が明らかにされていなかったので、どうしようもなかったんだけど……」
――だんだんと繋がってきた。
「だから、悠くんと美紀ちゃんの脳が共振したとき、あんなに興奮してたんですね」
私は得心する。
確かにあのとき十萌さんは「人類にとって大きな一歩かもしれない」と言っていた。
「そんな、おおげさなぁ……」とわたしは思ったけど、それは、このことを見越していたのに違いない。
「ええ、誰もがおじいちゃんのように、自分よりも大きなアバターを動かせるようになったら、世界が変わる。現在の大半の建設機械は、極寒での動作を前提としていない。だから、凍土が地球を覆ってしまったら、都市建築どころじゃなくなるわ」
夢華も言う。
「だからこそ、世界が氷河期に入る前に、脳波によるアバターを動かす技術を確立したいのね。わたしたちを襲ってきた、あの女たちの目的も、おそらくそこらへんね」
十萌さんは続ける。
「刺客たちのボスが、独立組織なのか、どこかの諜報機関なのかは分からない。ただ、この技術を、喉から手が出るほど欲しい連中は山ほどいる。数百兆円じゃすまない価値を生む可能性があるから」
たしかに、こんな壮大な話なら、1億円なんて安いものなんだろう。
ま、あくまでも、彼らにとってということで、バイト暮らしのわたしにとっては一生手に入らなさそうな大金には違いないけど。
ミゲーラは笑う。
「人類の危機に、おカネなんて言ってても仕方ないのにね。僕は、音楽とお酒、そして仲間がいればそれでいい」
そう言うと、即興の音楽を口ずさみながら、波のようなくねくねとしたダンスを踊る。
空気が少し緩み、思わず、みんなが笑う。
「ただ、今の人工頭脳も、まだまだ人間の脳を再現できているとはいいがたいわ。そもそも、人工頭脳には”意思”が存在しないから、外部から指示を出されない限り、自発的に動けないしね」
ここまで一気に説明し、十萌さんは”すうっ”と息を吸った。
「だから、おじい様が、自分の脳波と人工頭脳の脳波を一体化させて動かせたことは、本当にすごいことなんです。ぜひぜひ、その方法を教えてください!」
そういって十萌さんはおじいちゃんの方に向き合う。
全員、期待を込めた眼差しを浴びせかける。
おじいちゃんは、一言、きっぱりと言った。
「さっぱり分からん!」




