第40話:ぶちのめす
わたしは宣言する。
「カイ、あんたたちが、何かを隠しているってことくらいは、わたしにも分かる。それについては、あとでちゃんと落とし前をつけてもらうわ」
――でも。
「まずは、目の前の、ムカつく女をきっちりぶちのめしてからね」
私は夢華を見る。
「夢華、悠くんのこと、頼むわね」
頷く夢華。
わたしは、秘刀・焔雲を鞘から抜く。
仄かな光の下でも、その刀身の美しさが分かった。
焔のような、雲のような不思議な刃文。
まさにその名を冠するに相応しい。
「交渉決裂ってわけね」
カミラは、余裕の表情を崩さない。
「ま、脳さえ動いていれば、それでいいんだしな」
カミラが、口に咥えたたばこを、人差し指と中指の間に挟み、大きく煙を吸う。
吐く同時に、それをピンッとはじいて、宙に投げる。
その瞬間。
タバコの火の赤い残像とともに、ボウガンが一斉に発射される。
私は左に跳ねながら、焔雲を一閃する。
キンッと軽い金属音が響き、焔雲が矢を弾く。
――避けきった。
そう思って、距離を詰めようとした刹那。
何かが、右脇を通り抜けた。
――何かが掠めた?
「甘いねぇ、まだまだ」
とっさに教卓の陰に身を潜めた夢華が叫ぶ。
「気を付けて!あいつ、ボウガンと時間差で、短剣を投げてくるわ!」
――仕掛けられたボウガンは囮で、短剣が本命ということか。
「カイ、発射されたボウガンの発射位置を特定できる?」
「ああ、2か所だ。補正した視覚映像を送る」
肉眼では見えなかったが、補正をかけられた画像には鮮明に映っている。
窓際のほぼ中央に立つカミラの、左右それぞれ3mほどの位置に、ボウガンが設置されている。
「左右のボウガンは同時に発射され、遅れてカミラのナイフが飛んできたようだ」
カイが耳打ちする。
――つまり、左右からのボウガン、そして中央からカミラの攻撃を、連続して避けなければいけないってわけね。
ガシャーン。
背後で、ドアが破られる音がする。
敵襲!?
と思わず身構え、目を走らせる。
だが、それは夢華が三節棍でドアを吹き飛ばした音だった。
「まずは、ボウガンの矢があたらないように、悠馬を廊下に寝させてくる。戻るまで、30秒だけ粘って」
「分かった」
わたしは、正眼の構えを取る。
――さあ、どうするか。
ボウガンの軌道はほぼ読めた。
厄介なのは、やはりカミラの手元のナイフだ。
私がボウガンを弾いた直後の隙を見て、ナイフを投げてくる。
「次は当てるぜ?今のうちに、素直に言うことを聞いた方がいいんじゃないか?」
わたしは、精神を集中する。
カミラの声が遠くなる。
「無視かよ? なら!!」
カミラは再びボウガンを放つ。
――いまだ!
私は左斜め前に跳ねた。
右からのボウガンの一撃を躱し、二撃目を剣で弾きながら、そのまま焔雲でカミラを薙ぐ。
ガッ!!!
鈍い音を立て、カミラはわたしの一撃を受ける。
わたしは体重を乗せて、ナイフごとカミラを薙ぎ払う。
受けきれないと悟ったのだろう。
カミラは自分から左に跳び、そのまま打ち捨ててあった下駄箱に激突する。
かろうじて立ち上がるカミラ。
ぶつかった衝撃で、額からは血が流れている。
「てめえ……」
カミラから怒気が発される。
「それが、お前のゾーンってやつか。確かに、侮れねえな」
「だが……」
酷薄な笑みを浮かべる。
「お前の姉はどうかな?」
廊下から、続けざまに破裂音が聞こえる。
――銃撃音!?
カミラは勝ち誇った声で言う。
「私たちが、一人だけとでも思っていたのか?」
カイが言う。
「夢華が狙撃された。どうやら敵は、あの白人の女だ」
カフェでカミラとともにいた女が脳裏に浮かぶ。
やはり、全てはあの時から仕組まれていたのだ。
「夢華と悠くんは無事!?」
「悠くんは無事だ。夢華がかばったから。だけど、夢華の傷は分からない」
夢華を助けてに行くべきか。
私は逡巡する。
だけど、背を向けて無事でいられるほど、カミラは甘い相手じゃない。
そんなわたしの気持ちを読んだかのように、カイは断固とした口調で続けた。
「夢華から伝言を預かっている」
「こっちは、任せて。あんたは、遠慮なくそいつをぶちのめせ」
そうだ、彼女は夢華なのだ。
私たちが誰一人敵わなかった、あの。
「分かったわ。信じてる、って夢華に伝えて」
わたしは再び正眼の構えで、カミラに対峙する。
「どうやら、あんたとは本気で殺り合わなきゃならなそうだ」
そういってカミラは、床に置かれていた鞘を拾い上げる。
鞘から抜かれたのは、ナイフというには巨大すぎる刃物だった。
今までの短剣と違って、刀身がはるかに長い。
50cmくらいだろうか。
刃の基部は幅広く、先端に向かうにつれて緩やかに細くなっている。
刀身の背側は厚く頑丈で、体重をかけた一撃なら容易に人を殺せるだろう。
武器破壊を目的とした特注仕様だ。
まともに受けたら、刀ごと断ち切られるかもしれない。
カミラは右手にグルカナイフを、左手には短剣を構えた。
変型二刀流だ。
「もう、舐めたりはしねえよ。コイツで、確実にあんたを仕留める」
カミラの瞳に猟奇的な光が宿る。
冷たい汗が額を伝う。
ボウガンでの狙撃は、一度、軌道が読めれば避けるのはまだ容易かった。
だが、グルカナイフと短剣の連撃は、どこから来るのか予測さえつかない。
「エリー戦のあの動きを思い出すんだ」
カイが言う。
あの時の「弧」の動き。
同時に襲い来る二刀流を、一閃で無力化させるためには、あの技しかない。
だけど……。
嫌な予感が拭えない。
正々堂々と立ち向かってきたエリーと違って、相手は勝つためには何でもする。
ジリジリとカミラが間合いを詰める。
――来る、と思った瞬間、カミラが不自然なまでに首を左に傾けた。
刹那、直前までカミラの頭があった場所から、何かが飛んできた。
第三の矢だ。
二つ以外にも、自分自身の背後の死角にボウガンを仕掛けていたのだ。
わたしは、慌てて剣で跳ね上げる。
かろうじて矢を跳ね返した瞬間、カミラは跳ねた。
グルカナイフの大振りの一撃を、体重を乗せた渾身の力で叩きつけてくる。
――避けきれない。
けど、このまま剣で受けたら、焔雲が折れる。
――なら!
私は、グルカナイフの最も薄い根元部分を狙い、剣先を加速させる。
ギンッ!!!
鈍い音が鳴り、焔雲とグルカナイフが交錯する。
その瞬間。
焔雲は折れていた。
……が、同時にグルカナイフも根本から折れている。
カミラは一瞬驚いたように、目を見開いたが、折れたナイフを捨て、すぐに勝利を確信した目に変わる。
「まさか、今まで刃こぼれ一つしたことがない、グルカナイフを破壊するなんてね」
――夏美さんが魂を込めて打った、焔雲だからこそ、相打ちまで持っていけた。
これが、並みの刀だったら、一方的にへし折られていただろう。
「けど、こっちにはまだ短剣がある。丸腰のあんたと違ってな」
にやりとして、左手のナイフを右手に持ち替える。
わたしは、刀身を五分の一ほどを残して折れた焔雲を構えなおす。
「は、まだやるってのかよ」
カミラ呆れたように嗤い、また一歩近づいてくる。
――確かに、この刀では、致命傷は与えられない。
けど。
わたしは、折れた焔雲を、左手でカミラに投げつけた。
「は、バカが」
カミラは短剣で、焔雲を薙ぎ払う。
その瞬間。
ばこんっ!!!
カミラの側頭部が揺れ、カミラは身体ごと大きく右方向に吹っ飛んだ。
わたしの右手には、腰に差していた焔雲の鞘が握られている。
そいつで、思いっきりカミラの右の頬をぶっ叩いたのだ。
わたしは、意識を飛ばしてうずくまるカミラに言い放つ。
「どう? 日本刀も捨てたもんじゃないでしょ?」




