第289話:脳内チップ
「まさかあの子は……」
十萌さんの尋常じゃない声色と表情に、わたしは思わず彼女を見つめ返す。
「ど、どうしたんですか?」
「これを見て」
そう言って彼女は、手元のモニターを部屋の大画面へと映し出す。
そこに現れたのは、額のアップの画像だった。
プレー中は前髪を下ろしているけど、試合開始直前にこめかみ辺りを指で押した際に、髪が搔き上げられたその瞬間を、カメラで捉えたようだった。
でも、それが何を意味するのかはわたしには分からない。
「普通の写真に見えますけど……」
十萌さんが無言で、おでこの画像を拡大する。
すると、うっすらの線のようなものが見え始める。
その線は、おそらく、髪の下からこめかみ近くまで痕を残している。
「手術の痕……ですかね?」
「ええ。おそらく彼女は、『Deep Brain Stimulation』、つまり深脳部刺激手術を受けている」
「し、しんのうぶしげき?」
聞き覚えのない言葉に、わたしは、オウムのように聞き返す。
「平たく言えば、脳機能を高めるための手術よ。恐らく、彼女の脳には、電気刺激を発生させる極小のチップが埋め込まれている」
――え……。は?
「本来は、パーキンソン病の病気治療なんかに、一時的に電気刺激を使うことはあるわ。でも、彼女は、ただ、その脳機能を上げるためだけに、脳にチップが埋め込まれている。それを、何らかの方法でオンにすることで、急速に脳の伝達速度を上げているの」
「そ、そんなの許されるのですか?」
「個人が同意さえすれば、少なくても法律上は問題ないはずよ。問題は、脳内チップが脳に与える影響がまだ未知数ということなの。このまま無理やり脳の出力を上げ続けたら、いずれ脳神経が焼き切れるかもしれない。まるで電気を使いすぎて、家のブレーカーが落ちるように……」
確かに、脳に直接チップが埋め込まれていたら、通常のボディーチェックでは探知しようもないのだろう。
わぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
遠くから歓声が聞こえる。
4戦目の試合結果を見ると、今度はユンがソジュンを完封していた。
ユンの反応速度に完全についていけず、その表情からは完全に自信が失われている。
その時ーー。
今まで勝っても無表情だったユンが、突如苦悶の表情を浮かべる。
椅子から崩れ落ち、帽子の上から頭を掻きむしり始める。
「まさかーー」
反作用がこんなに早く!?
十萌さんが即座に回線を切り替え、運営本部に指示を与える。
「緊急事態よ! 即座に試合を中断して、医療チームを出動させなさい!!」




