第288話:反撃
「ソジュン、始めから本気ね。もうフロー状態に入っているわ」
十萌さんが、脳波データを見ながら言う。
「一戦目の開始直後からゾーンに入って、相手を圧倒するつもりよ」
ゾーンに入ると、周囲のあらゆるものがスローモーションに見える。
反射神経が試されるこのゲームでは、ゾーンに入れることは、そうでないプレーヤーと比べて圧倒的に優位なはずだ。
実際、一戦目はソジュンの圧勝だった。
相手にほとんど何もさせずに連撃を加え、ユンを零封した。
続く二戦目も、ソジュンの優位には変わりはなかった。
ユンも単発での反撃を試みたものの、ガードの上からわずかに体力ゲージを削るだけで、ダメージらしいダメージは与えられない。
けれど、観客が真に期待していたのは、明らかに次の試合だった。
初戦から準決勝までの全ての試合において、ユンは第三戦目からの三連勝を飾っている。
「さあ、始まるわね」
十萌さんがカメラの視点を分割し、あらゆる視点からユンの姿を捉えようとする。
正面のみならず、左右上下から指先から足元まで、あらゆる角度のユンがモニターに映し出される。
同時に、別画面では、脳波のリアルタイム画像が流れ続けている。
――ちょ、ちょっと怖い。
自分がされたら……と思うと正直微妙だけど、誰にも解けていないユンの秘密を知るにはこれくらい必要なのだろう。
第三戦目の開始1分前のコールが入る。
まだ、ユンに動きに変化はない。
30秒前に差し掛かったその時。
ユンが目深にかぶった帽子を左手で少しだけ上げた。
そして、眼球の周りやこめかみ、側頭部などを5本の指で押し始める。
眼への負担が大きいEスポーツでは、さほど珍しくはないルーティーンだ。
けれど、十萌さんの反応は違った。
「ユンの脳波が、急激に活発化し始めたわ!」
――え?
何も特別なことをやっていないはずなのに、何で?
十萌さんが、興奮と戸惑いの入り交じった声で言う。
「脳の反応速度がどんどん高まっている……」
そう呟くと、画面にかぶりつくように脳波の状況を注視している。
第三戦目のスタートの合図が鳴り響く。
序盤から、ゾーンに入ったソジュンが攻勢をかけるが、ユンの操作するキャラは、明らかに二戦目までとは違う動きを見せている。
まるでソジュンの攻撃を読み切っているかのように、あらゆる攻撃が防御され、無効化していく。
明らかに今までとは様子が違う相手に、仕切り直そうと、ソジュンはバックステップを取る。
けれど、その動きさえも完全に読んでいたかのごとく、ユンが足元を払う蹴りを喰らわせる。
倒れたソジュンのキャラが慌てて起き上がった時には、ユンによる連撃か始まっていた。
始めは受けきっていたソジュンだが、あまりにも多い手数に、段々と捌ききれなくなって、一撃、また二撃と、喰らい始める。
ソジュンの反撃が空を切り始め、その体力ゲージがほぼなくなった状態で、制限時間が終了の合図を告げた。
「Yoon Won !(勝者ユン!)」
ユンが小さくガッツポーズをする。
ダークホースによる再びの逆転劇に、観客が湧く。
わたしは十萌さんの方を見る。
モニターを見つめる彼女の表情は、珍しく怒りと戸惑いの表情が浮かんでいる。
「まさか、あの子は……」




