第287話:後の先
「え? ソジュンが負ける!?」
わたしは思わず聞き返した。
「で、でもソジュンの能力値は、他の参加者よりも高いんですよね?」
十萌さんは頷く。
「ええ。一番重要な脳波伝達の反応速度は、誰よりも上……とレポートを受けていたわ」
「そもそも反応速度って、どうやって測るものなんですか?」
「脳がコントローラーを動かすように脳波の指令を発してから、実際に指を動かすまでの時間をモニタリングするの。ソジュンは、0.006秒、つまり6ミリ秒と突出していた。他のトップクラスのプレーヤーでも8ミリ秒前後だから、ソジュンの反応はずば抜けていると言えるわ」
――ミリ秒なんて単位、初めて聞いた……。
たぶんそれが短ければ短いほどいいのだろう。
「でもだったら、なんでソジュンが負けるんですか?ユンより速いはずなのに」
「レポートに書かれていたのは、対戦全体の平均スピードだったの。ユンの反応速度は、1~2本目は極端に遅く、3本目から一気に速くなっていた。そして3本目以降の試合に限定すれば、平均で0.4ミリ秒。単純計算で、ソジュンの1.5倍の速度ってわけ」
――「ユンの反応は、明らかに人間の閾値を超えている気がする……」
ソジュンの言葉が脳裏を過る。
彼もまたトッププレーヤーだからこそ、その差が分かったのだろう。
「私が見る限り、二人の操作技術はほぼ互角。なら、あとは反応速度の問題よ。1.5倍のスピードがあれば、十分に”後の先”を取れるように、あのゲームは設定されているから」
後の先。
それこそが、剣の達人としてのおじいちゃんが最も得意とした技だった。
相手の次の動きを読み、攻撃へと移行するその一瞬前に、最善の一手を打ってくる。
いわば究極の後出しジャンケンみたいなものだ。
「おじいちゃんの反応速度って、何秒くらいだったんですか?」
「平均でいえば、4.5ミリ秒よ」
――え!?
わたし達が束になっても、手も足も出なかったおじいちゃんの反応速度さえも、超えているってことだろうか。
「それって、ほとんど人類最強ってことじゃないですか?」
さすがに、絶望的な気がしてくる。
「反応速度だけ言えば、そうかもね。でも……」
間を空けて、十萌さんが続ける。
「そもそも、おじい様の強さの本質は、反応速度じゃないの。ソジュンが、試合中にそれに気づくことができれば、勝機はあるはずよ」
――そこまで分かっているなら、ソジュンに教えてあげればいいのに……。
思わず口に出かけたそのセリフを、わたしはぐっと飲みこむ。
十萌さんは、この大会の主催者側の人間だ。
いくら付き合いが深くても、特定のプレーヤーに勝つためのアドバイスをしたら、他の参加者に対してあまりにフェアじゃない。
そんなわたしの意図を察してか、十萌さんは優しく微笑んだ。
「言いたいことは分かるわ。でもこれは、ソジュンが自分で気づかなければいけないことなの。あなたが、少林寺で気付きを得ることが出来たようにね」




