第286話:生体モニタリング
「ユンの反応は、明らかに人間の閾値を超えている気がする。まるで、アンドロイドがデータ解析を終え、突然バージョンアップされたみたいにね」
――アンドロイド?
わたしは、思わず聞き返した。
「それって、ユン選手が人型アンドロイドってこと?」
わたしは、ルカの島で出会った、人間そっくりのヒューマノイド・ヒナのことを思いだす。
「も、もしかして、帽子を目深にかぶっているのも、人間じゃないことの違和感を隠すためとか……」
十萌さんがあきれ顔を浮かべる。
「そんなはずないでしょう。生身じゃなければ、アイロニクスのボディーチェックは絶対に通らないわ」
確かに、最新のヒューマノイドがどんなに外見が人間に近かろうと、その皮の下は精密機械なのだ。
最先端のボディーチェックマシンの目からは逃れられるはずはない。
「ま、流石にそうだよね」
ソジュンは軽く息を吐く。
「とはいえ、突然、反応スピードが上がるってのも、興味深い事象よね。スタッフから、ユン選手の生体モニタリングデータを取り寄せてみるわ」
「生体モニタリングって?」
「今回の大会では、プレーヤーの脳波に加えて、心電図、心拍数、血圧、呼吸数、体温などの生体情報をリアルタイムで記録しているの」
十萌さんが、ソジュンの肩に手を置いて言った。
「特に、脳波の伝達スピードが、ソジュンは他選手と段違いなの」
ソジュンの瞳に、僅かながら、自信の光が燈り始める。
「まあ、僕もまだ、本気は出し切ってはいないからね」
そのとき、控室のドアが開かれた。
「あと20分で、決勝戦が始まります。ステージでのスタンバイをお願いします」
スタッフのその声を聞き、ソジュンはすっと立ち上がり、ドアの方へと歩いていく。
「頑張って!」
わたしは、ソジュンの背中に声をかける。
ソジュンは振り向かず、ただ、天に向かって拳をぐっと突き上げて、無数のファンが待つ舞台へと向かって言った。
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――さすが主催者……。
決勝戦は、大画面と様々な機器が備え付けられた、最新鋭のモニタリングルームで観ることになった。
「ここでなら、観戦しながら、二人の生体データをリアルタイムでチェックできるからね」
そう言いながら、十萌さんは、モニターに投影された、準決勝までのユンの生体データをチェックし始める。
画面にユンの脳波データらしきものが映った瞬間、その表情に驚きの色がありありと浮かび上がる。
「なんてこと……」
十萌さんが、ぼそりと呟いた。
「ソジュンは負けるかもしれない」




