第285話:バージョンアップ
ソジュンが決勝まで順当に勝ち進んでいく一方で、その相手は完全にダークホースだった。
なんせ、「韓国系らしい」ということ以外、ほとんど情報のないユン・シヒョンが、度重なる大逆転の末に決勝への切符を勝ち取ったからだ。
「珍しいわね。Eスポーツの大会で、全くの無名の選手がここまで勝ち上がるなんて……」
十萌さんが興味深そうに、眼鏡の縁をくいっと上げる。
確かに、ゲームには素人のわたしにとっても、ユンの戦い方は異常に見えた。
初戦に次ぎ、ベスト8の試合、そしてさっきの準決勝のいずれも、3本先取のルールの中で、はじめの2本は相手に取られている。その時点では、勝てる兆しは一切見えない。
ただ、3戦目になると、いきなりスイッチが入ったように、動きが変化するのだ。
相手が攻撃重視の場合は巧みに防御を織り込み、相手が防御を固める戦略の場合は、怒涛の攻めで相手の体力ゲージを確実に削っていく。
まるでカメレオンのような、相手に合わせた戦法は、熟練選手のそれに見える。
けれど、ユンはまだ若干15歳で、国際大会に登場するのさえ初めてなのだ。
その上、取材陣の質問にも一切答えず、試合が終わるとすぐに控室への隠れてしまう。
あまりにその正体が不明すぎて、会場内のみならず、ライブで見ているゲームファンたちも異様なほど盛り上がりを見せていた。
あの彗星のごとく現れたルーキーは、一体誰なんだ――と。
**********
決勝を前にして、控室のソジュンの集中は極限にまで高まっていた。
なんせ、わたしと十萌さんが部屋に入ってきたのにも、気付かなかったくらいだ。
練習用の画面にくぎ付けになり、ひたすらコントローラーを動かし続けている。
その指は、残像ができるほどに早く、そしてよどみなく動いている。
プレーが止まるタイミングを見計らい、十萌さんがソジュンに尋ねる。
「調子、どう?」
ソジュンははっと気が付いたように、わたしたちの方を振り返る。
「……分からない」
少し間をおいて、戸惑いながらもソジュンが答える。
その表情に、いつもの余裕はない。
一昨日の様子とのあまりの違いに、思わず「え、どうして?」と聞き返してしまう。
「どんなに強敵であっても、一定のプレースタイルやパターンのようなものは存在する。でも、ユンには、そのパターンが全く見えないんだ」
わたしは、曖昧に頷く。詳しいことは分からないけど、確かに、相手に連取された1戦目と2戦目と、3戦目以降の戦い方に、共通点は見いだせない。
ソジュンが、自信を失いかけているような声で言った。
「3戦目以降のユンの反応速度は、明らかに人間の閾値を超えている気がする。まるで、アンドロイドがデータ解析を終え、突然バージョンアップされたみたいに」




