第284話:大番狂わせ
2030年1月31日 韓国・ソウル
昨晩の雪が嘘のように、会場はあふれんばかりの熱気に満ちていた。
「韓国は、世界でEスポーツが最も進んでいる国の一つなの」
まるで、トップアーティストのライブ会場のような映像と音、そして空気感に圧倒される。
「特に今日は世界大会の決勝戦だしね。集まっているのは、スター級のプレーヤーばかりよ」
主催者としてVIP席に座る十萌さんが、興奮気味に言う。
プレーヤーの名前が呼び上げられる度に、会場に歓声が沸き上がる。
それぞれのファンが、全世界から駆けつけているようだ。
それでも、今日一番の歓声は、彼のものだった。
「Here comes last year's champion, player Kim So-jun!(昨年度のチャンピオン、キムソジュン選手の入場です!)」
ソジュンは四方の観客に向かって手を振る。
やがてわたし達の存在に気付くと、一瞬目配せして、人差し指を天に突き立てる。
まるで勝利宣言かのようなそのポーズに会場のボルテージが上がっていく。
――三式島で会っていなかったら、きっと一生遠い存在だったろうな……。
そう思ってしまうほど、彼の立ち振る舞いはスターのそれだった。
「なんて言ったって、昨年、最年少で当時最強を謳われていたチャンピオン、ゼイン・フューリーをぶち破ったからね」
「去年って、ソジュンが13歳の時ってことですよね」
「通常の格闘技であれば、体が未発達の13歳が、大人のチャンピオンを負かすということはまずありえない。けれど、このVR格闘ゲームなら、反応速度さえ早ければ、番狂わせは起こりうるわ」
トーナメントの最後の参加者、ユン・シヒョンの名が呼ばれる。
金髪に目深にかぶった帽子、そしてゆったりとしたズボンという、ゲーマーというよりはむしろダンサーっぽいユンが席に着くと、計16名の決勝参加者が、次々とVRでデバイスを装着していく。
「最新のVRデバイスって、ほとんど眼鏡みたいなんですね」
「ええ。2020年代の半ばまでは、重いコントローラー器具を頭にすっぽりとかぶるものが主流だったの。でも、あれって30分もすると首が痛くなってくるのよね。VR酔いも激しいし……」
そう言って、十萌さんは実際のデバイスとコントローラーを手渡してくれる。
「だから、アイロニクスはサングラスとほぼ同重量の眼鏡型デバイスを開発したの。物理的なコントローラーに慣れているプレイヤーがまだま多いのを考慮して、物理コントローラー操作にはしているけど、やがて非物理式コントローラーが主流になるでしょうね」
わたしは頷きながら、慣れた手つきでコントローラー操作を行うセジュンを見る。
「やっぱり、今回も、ソジュンが優勝候補なんですか?」
「ええ、確かにソジュンの実力としては図抜けているわ。鎌倉の修行の成果もあるしね。ただ、ゼインも相当練習を積んできたって聞いているわ。トーナメントの決勝は、おそらくこの二人になるでしょうね」
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会場は、どよめきに包まれていた。
優勝候補の一人、ゼイン・フューリーが、決勝トーナメントの初戦で、無名の対戦相手に大逆転負けを喫したからだ。
三本先取で勝ち進めるこの対戦格闘ゲームで、ゼインは二戦先取した時点で、会場は彼の勝ちを確信していたはずだ。
実際、その二戦とも、体力ゲージを大きく残した状態での、いわば余裕の勝利だった。
けれど、第三戦目の終盤から、いきなり展開が変わった。
後手に回っていたはずの相手の反応速度が突如早くなり、逆転勝ちを収めたのだ。
そして、四戦目、五戦目は、その勢いのままに、ゼインを圧倒し、怒涛の三連勝で勝利をたぐりよせた。
「あの子、一体何者なんですか?」
つばの深い野球帽をかぶっていて、その素顔はよく見えない。
ただ、体格からして、ほとんどソジュンと変わらない年齢のように見える。
「登録名はユン・シヒョンって書いてあるけど……予選もギリギリ勝ち残ってきたから、私もノーマークだったわ」
まだ観客がざわめく中で、ユン選手が席を立つ。
フラッシュの光を避けるかのように、帽子をさらに目深にかぶったユン選手は、コメントを求める取材陣に全く反応をせずに、足早にその場を去っていった。




