第283話:雪の花
「お、美味しい!」
トッポギを口に含むと、餅の弾力とともに、甘辛いスープが口中を刺激した。
ここ数日間、修行でまともに食事をしていなかったせいだろうか。
こんなにも食べ物が美味しく感じられたのは久しぶりだった。
「お、いい食べっぷりだねぇ。おでんもどうだい?」
そう言って、屋台のおばちゃんが勝手に大根やこんにゃくやらをお皿に盛ってくる。
日本のおでんとは出汁が違うけど、これはこれで味わい深かった。
ふと隣の少女を見ると、まるで一口一口を嚙み締めるかのように、大事そうにトッポギを口に含んでいる。
――え、泣いてる?
彼女は食べながら、その瞳に涙を浮かべていた。
さすがにそれは大げさなんじゃ……と思っていると、彼女はぼそっとこう呟いた。
「おばあちゃんに食べさせたい……」
屋台のおばちゃんの表情が変わる。
「まさかあんた……、本当に北から来たのかい?」
彼女が頷いた。
――北って、どこを指すの?
わたしは、こっそりサラに尋ねてみる。
サラは言った。
「ここソウルは、韓国の北端にある。だから、ここから見て”北”といえば、北朝鮮しかないだろうね」
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人生で、北朝鮮の人に出会ってのは初めてだった。
海外に行くと、日本のパスポートのすごさを思い知ることが多い。それでも国交のない北朝鮮には行きようがない。
サラの翻訳機能を使って、ぽつぽつと話しを聞く。
どうやら彼女は、最近、出稼ぎのためにソウルに来たらしい。
けれど、家族は北朝鮮に残ったままで、彼女一人がもう何年もソウルに住んでいるという。
歳は16歳。
それであれば、ろくに働きどころはないはずだ。
もしかしたらこの銀色に近い髪も、過酷な環境によるものなのかもしれない。
「でも、もう少しでお金が稼げそうなの。そしたら仕送りもできるはず……」
わたしは胸が痛くなった。
それは、もしかしたら、まっとうな稼ぎではないのかもしれない。
けれど、わたしにそこに踏み込むだけの勇気はなかった。
飢えと戦っているであろう家族に対し、衣食住に恵まれた自分が掛けられる言葉なんて、少なくてもわたしは知らない。
長い時間をかけてトッポギを食べ終わった彼女は、わたしにお礼を言い、席を立った。
白銀のその髪に、雪の花が舞い降りた。
「ソウルには全てのものがある。でも、雪景色の美しさだけは、故郷に遠く及ばない」




