第282話:夜の屋台
雪が降り始めてきた。
昏く白く染まりゆくソウルの夜を、わたしは独り歩いていた。
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昨晩十萌さんに誘われ、今朝の飛行機に乗り、どうにかソウルまで辿り着いたまでは良かった。
けれど、ホテルに着いた途端、3週間の修行の疲労が一挙に押し寄せ、わたしはベッドに倒れこんだ。
――え、もう10時?
目覚めると、すっかり夜が更けていた。
ぐぅぅぅぅ。
お腹が、欲望に忠実な音を立てる。
よく考えると、朝から何も食べていない。
食べ物を求めてホテルの外に出る。
けれど、ほとんどのレストランが既に明りを落としている。
とぼとぼと歩き続けると、ふと路肩に灯りが燈っていた。
屋台だ。
辛さを含んだ香りが流れてくる。
思わず覗いてみると、そこには、おでんのような汁の中に、さまざまな串が刺さっている。
隣の鍋には、真っ赤のスープの中に、お餅のような白い物体が浮かんでいる。
「너무 비싸요」
たぶん15歳くらいの痩せた少女が、いかにも豪快そうなおばちゃんと何かを言い争っている。
――え?
わたしの目を引いたのは、少女の髪の色だった。
それは、雪が積もったかのよう銀髪だったからだ。
サラの同時翻訳機能をオンにすると、韓国語のやりとりがスマホ画面に映し出される。
「北じゃ、十分の一の値段よ。もっと、まけてくれたっていいじゃない」
「だから半額にしてるじゃない。これ以上まけたら、わたしが食っていけなくなるんだよ」
どうやら値段の交渉をしているらしい。
ただ、わたしのお腹は、その交渉を待てないほどに減っていた。
「あの、もしよかったら……一緒に食べる?」
わたしは、サラを介して韓国語で尋ねてみる。
少女はわたしの方を見ると、キッとにらみつける。
「邪魔しないでよ」
……せっかくもう一押しだったのにと、ぼそっと言う。
逆に、屋台のおばちゃんはほっとしたように、わたしに話しかけてくる。
「あんた、辛いのは大丈夫かい?」
わたしが頷くと、赤いスープとお餅をなみなみと注いでくれる。
「寒い夜には、トッポギが一番だよ」
そう言うと、おばちゃんはもう一杯注いで、痩せた少女の前に置いた。
「あんたも食べな。今日はこれで店じまいだから、特別だよ」




