第281話:ソウルへ
2030年1月29日 中国・上海
「え!?『気』が、視えるようになった?」
スマホ画面越しに、十萌さんが驚きの表情を浮かべる。
どこかのレストランにでもいるのだろうか。
背景には、いかにも高級そうな生花や酒瓶が煌びやかに並んでいる。
「とはいっても、集中したときだけなんですけど……」
朱飛との修行を思い出す。
確かにその体から、青白い光が立ち上って見えた。
朱飛たちが、”気”の存在をあまりに普通のことのように話していたから、そのまま受け入れてしまっていた。けれど、よく考えれば、不可思議な現象以外の何物でもない。
……っていうか、わたしの脳に一体何が起こっているのだろうか。
何だかちょっと怖くなってきて、上海に戻った後、十萌さんに相談することにしたのだ。
「それは……研究しがいがある症例ね。中国では、”気”の存在自体は、紀元前から語られ続けてはいるの。でも、近年で視覚化できた人は、ほぼ皆無のはず――。いやもしかしたら……」
研究者魂が着火したのが、その表情から伝わってくる。
「ひょっとして、インドで脳に針を刺された影響なのかもしれないわ。早速、わたしの研究所に来て――って言いたいところなんだけど……」
そういって、スマホを外へと向ける。
夕闇に染まりつつある空の下に、宝石を散らかしたような夜景が映る。
「私、今、韓国のソウルなのよね」
**********
2030年1月30日 韓国・ソウル
『まもなく、仁川国際空港に到着します』
機内アナウンスを聞くとはなしに聞きながら、わたしは昨晩のやりとりを思い出す。
「上海からなら、ソウルまで1時間半よ。ちょっと寄ってみない?」
昨晩、十萌さんから誘われたとき、はじめは断るつもりだった。3週間にわたる修行で疲れ果てた身体を、もう少し休めたかったからだ。
けれど、突如十萌さんのスマホから聞こえてきたもう一人の声が、そうはさせてくれなかった。
「観に来なよ。僕が優勝する姿を」
自信満々なその口ぶりには、確かに聞き覚えがあった。
「その声って……もしかしてソジュン!?」
画面が切り替わり、三式島での盟友、ソジュンの顔が映し出される。
トレードマークの眼鏡と、生意気な態度は変わらないけど、髪が伸びて金髪に変わっている。
「明後日、世界最大級のEスポーツの大会が、ここでソウルで開かれる。僕は、前回優勝者として参加するんだよ」
「この大会は、アイロニクスが全面支援しているの。いわば、新たなる才能の発掘の場としてね」
ソジュンがそこに言葉をかぶせてくる。
「ま、誰が出てこようと、絶対僕が勝つから、安心して応援しに来てくれていいよ」




