第279話:三環套月
2030年1月28日 中国湖南省・張家界
張家界での3日目の夜。
わたしとアレクの体力は、既に限界を迎えつつあった。
夢華と数時間戦い、体力と脳波力を回復させるために、ヘリの設置された酸素ポッドで身を休めては、再び戦いに身を投じる。
さすがの夢華でも、二人同時に戦い続けるのは、想像以上にキツイはずだ。
それなのに、弱音一つ吐かずに、少林寺の秘技を伝授し続けくれる。
唯一ハイテンションなのは、データ分析に明け暮れている建峰だけだ。
とはいえ、ほとんど寝ていないのは明らかで、その目は充血で真っ赤になっている。
「さぁ、いきましょう」
夢華が酸素ポッドからゆっくりと起き上がった。
VR機器を装着し、アバターに神経を連結させる。
わたし達も、軋む脳と体を押して、アバターを操作し始める。
三人が岩峰に降り立つと、夢華は言った。
「私が教えられる最後の型、七星拳よ」
一月の夜空には、奇しくも北斗七星が煌めいていた。
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わたしとアレクは死力を振り絞って、夢華のアバターへと連撃を加える。
朱飛に、そして夢華に教わった全てを込めて、”気”を載せた一撃を放ち続ける。
最初と違って、流石に夢華にも余裕は見られなかった。
始めは掠ることさえ難しかった技も、ガードの上からなら当たるようにはなってきた。
それでも、致命傷となる一撃は当てられていない。
脳波操作の疲労は、既に極限に達しており、動きも大分鈍くなってきた。
恐らく、わたしもアレクも、次の攻撃が限界だろう。
それを察したのだろう。
夢華は、夜空を見上げながら、ゆっくり口を開いた。
「最後は、私の持つ最高の技で迎え撃つわ」
風がそよぎ、雲が流れる。
隠れていた三日月が夢華のアバターを煌煌と照らし始す。
「奥義、三環套月」
その声とほぼ同時に、アレクの拳が、夢華の顔面に向かって振り抜かれる。
「第一環」
そう呟いた夢華の右肘が、その軌道を外側から受け流しながら、鋭くアレクの人中を突く。
――喉が空いた。
わたしは、素早い掌底で夢華の喉元を狙う。
「第二環」
夢華の左腕が円を描き、わたしの掌底を巻き込むように受け止める。わたしの掌が夢華の腕に触れた瞬間、今度は、夢華の左肘が、内側からわたしの関節へと食い込む。
だが、ここで終わるわけにはいかない。
よろめきながらも、アレクは左拳を横薙ぎに打ち込み、わたしは右掌を下から上へと突き立てる。
「第三環」
夢華の両腕が二つの円を描く。
右手でアレクの拳を上から受け止め、その勢いのままにアレクの胸倉で肘で強打する。
強化されているはずのアレクの胸板がへこむ。
同時に、わたしの掌を下から払いのけると、左脚をほとんど垂直に突き立て、わたしのアバターの顎を蹴りぬいた。バリッという乾いた音とともに、わたしのアバターの頭部に火花が散る。
ざぁっと突風が吹き、木々がざわめいた。
雲間から三日月が顔を出し、夢華のアバターの横顔を照らす。
わたしはなぜかそこに、龍門石窟の廬舎那仏の面影を重ねていた。




