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火と氷の未来で、君と世界を救うということ  作者: 星見航
第19章:中国・過去と未来の交錯地【2030年1月6日】
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第278話:三日三晩

挿絵(By みてみん)


 気が付くと、張家界全体を覆っていた朝靄(あさもや)が晴れ、朝日が昇り始めていた。

 視界が晴れると、今まで敢えて意識しないようにしていた、数百メートルという高さが現実感をもって迫ってくる。


 ――下を見ちゃだめだ。

 わたしは自分に言い聞かせる。


 足場がしっかりとした、約十メートル四方のこの岩盤の上にとどまっている限り、墜落しないのは分かっている。


 それでもなお、自分自身の心拍数が高まっていくのが感じ取れる。それほどまでに、VRを通して目に映るこの景色は、リアリティーに溢れている。


「まずは、自分自身と目の前の相手に集中しなさい。それによって、自ずと周りも見えてくるから」


 断崖を背にしてなお、夢華の動きは、地上でのそれと全く変わらない。

 まるで、ヒマラヤの高山を軽やかに跳ねまわる雪豹のように、その身こなしは優雅ささえ感じさせる。


「さあ、とっとと立ちなさい。伝授しなきゃいけない型は、まだまだあるんだから」

(それ)って、一体、どれくらいあるの?」


 夢華は考えながら答える。

「記録上は700以上、拳術単体でも170くらいかしらね。もっとも、少林寺武術は、主な流派だけでも5つに分かれているから、細分化したらもっとあるかもしれない」


「え、今やっている大洪拳だけじゃないのかい?」

 今度はアレクが問い返す。


「大洪拳は、5つの主流派の内の『洪拳(こうけん)』の一種にすぎないわ。他にも、長距離戦闘向けの『太祖長拳(だいそちょうけん)』、腕の連動を活かした『通臂拳(つうはいけん)』、防御と反撃を主とした『羅漢拳(らかんけん)』、そして敏捷性を重視した『七星拳(ひちせいけん)』があるの」


 困惑する表情のわたしの表情を見て、夢華が言葉を継ぐ。


「もちろん、その全てを覚えることなんてできはしないわ。でも、個々の技を自ら体感することで、そこに通底する”核心”を掴むことが大切なの」


 そう言って、再び大洪拳の姿勢に戻る。

「さ、まだまだ1日は始まったばかりよ。構えなさい」


 **********


 それから、わたしとアレクが身をもって体験した技の数々は、到底覚えきれないものだった。


 摆拳(はいけん)崩拳(ほうけん)劈拳(はいけん)撩拳(りょうけん)といった拳技はまよかった。


 こと、蹴りに至っては、 喜鶯上枝(きいんじょうし) 白馬呈蹄(はくばていてい )黄鶯飲水(こういんいんすい )など、まるで詩のタイトルのような技ばかりだった。


 長時間、脳波と気を飛ばすだけでも、体力と気力が奪われていく。

 ――その上に、頭が痛くなるような技名を覚えるなんて。


 それでも何とか戦い続けて2時間。


「ま、少しだけ休憩しましょうか」

 夢華がようやく休みの許可をくれる。


 わたしとアレクはほっとして、VR機器を外し、アバターとのリンクを切る。

 意識が、張家界の上空を飛ぶヘリの中の自分に戻る。


 こんなにも長時間、アバターとリンクされていたのははじめてだった。

 だから、生身の自分に意識が戻ったとき、むしろそっちに違和感を感じたくらいだった。


 建峰が、水のペットボトルを渡してくれる。

 振るえる手で受け取り、喉に流し込むと、体を甘露が駆け巡る。


 わたしが建峰にお礼を伝えると、彼は当然のことのようにこう言った。


「本体の方も、栄養と水はきちんと取ってくださいね。今から()()()()()()()()()んですから」


挿絵(By みてみん)

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