第276話:大洪拳
突きあげる岩峰に向かって自由落下するアバターの体を、空中で整え、どうにか枝の一つを掴んだ
――と思った瞬間。
掴んだはずの枝がアバターの重さに耐えきれず、”ばきっ”と折れてしまう。
――え!? ええええええ!!
そのままきりもみしながら、わたしのアバターは、再び落下し始める。
木の枝が背中を打ち、葉が顔面をはたきつけてくる。
感覚までは連動していないため、生身への痛みはないはずだ。
それでも、そのリアルな感触がVRマスクを通して伝わってくる気がした。
――やばい、叩きつけらえる。
地面が近づいたとき、わたしは何とか柔道の前回り受け身の体勢を取る。
回転しながら着地することで、肩、背、脇腹などに衝撃を分散する。
最終的には木の幹に激突し、何とか止まることができた。
顔を上げると、夢華とアレクのアバターがわたしを見下ろしている。
「……ったく。受け身の仕方くらい覚えときなさいよ」
「い、いや急すぎて……」
わたしは起き上がりなあら、周囲を見渡す。
眼下に広がっていたのは、あたかも神々の筆で描かれたような奇岩の森だった。
鋭く削られた石柱が無数に天を突き、霧がその間を縫うように漂い、遠くの山々は緑とも青ともつかぬ色を重ね合っていた。
――まるで、水墨画の世界に迷い込んだみたいだ。
わたしは、朝靄に煙る、その非現実的な光景に目を奪われる。
景色の余韻に浸っていると、不意に耳元に建峰の声が響いた。
「全員、無事に着地できたようですね」
一瞬の間を溜めて、彼はこう言った。
「それでは始めてもらいます――。生き残りの戦いを」
**********
――え!? 生き残りの戦い?
まるでかつて映画で見たデスゲームの司会者のように、建峰が大仰な口調でいう。
わたしは、急に絶景から意識を引き戻され、アレクと夢華の方を見る。
アバターなので表情は分からないものの、アレクも明らかに戸惑いを隠せない様子で、肩をすくめるジェスチャーをする。
でも、夢華は違った。
彼女は、さも当然かのように、少林寺武術の構えを取る。
確かあれは――。
「大洪拳……か」
アレクが呟く。
昨日まで、さんざん朱飛から喰らってきたから流石に分かる。
連続攻撃、跳躍、回転技や、虚歩、歇歩といった独特の歩法を組み合わせた、少林寺武術の基本の武術体系の一つだ。
「少林寺武術の秘技を、骨の髄まで沁みこませてあげる」




