第275話:廬山の龍
張家界の岩峰の真上の空から、ドアが全開放された巨大ヘリの中から、アバターを操作し、夢華と戦う。このほとんど意味の分からない展開に戸惑いながら、わたしは震える脚を、ぎゅっと握りしめる。
緊張をほぐそうとしてくれているのだろう。
アレクが、軽い口調で話しかけてくる。
「大丈夫だよ。聖闘士星矢のドラゴン紫龍だって、似たような場所で奥義を体得できたんだから……」
懐かしい名前に、思わず、星と一緒に夢中で復刻アニメを見た日々がプレーバックする。
「あれは張家界じゃなくて、廬山だけどね」
夢華が、少しだけ口元を緩ませて突っ込む。
「え、夢華、聖闘士星矢知っているの?」
「中国で一番有名なアニメの一つよ。私だって、子どものころは、廬山昇龍覇をマスターしようと、近くの滝で修行していたんだから」
――夢華が言うと、冗談も本気にしか聞こえない。
けど、気が付くと足の震えは止まっていた。
「さあ、始めるわよ。アバターに脳波をリンクさせた上で、気を循環させなさい」
目の前に並ぶ三体のアバター。
建峰が、わたし達向けにカスタマイズしたというアバターは、確かにしっくりと来ていた。
三式島でも、鎌倉でも、夢華には一度たりとも勝てずにいた。
――せめて今日は、一矢報いたい。
そう考えると、次第に闘志が湧いてくる。
「さあ、用意はいいわね?」
ゾーンに入ったわたしとアレクが頷くと、夢華はアバターを立ち上がらせる。
そのまま、開放されたヘリのドアの方まで歩いていくと、迷いもせずに言った。
「じゃ、跳ぶわよ」
次の瞬間、夢華のアバターは、パラシュートさえつけずに、ヘリのドアから、ダイブしていた。
わたしたちが思わず下を覗くと、十数メートル下の張家界の高峰に生える木々に向かって、夢華のアバターが急降下していく。
――ぶつかる!
その腕はしなやかに枝を掴み、枝のしなりを利用してくるりと一回転すると、木の枝の上に器用に座っていた。
今更ながら、彼女が少林寺を経て、雑技団で活躍していたことを思いだす。
高所からのダイブは、彼女にとって日常茶飯事だったのだろう。
――け、けど、素人のわたしたちにとって、初手からこれはきつい。
そんな様子を見ていた建峰が言う。
「夢華さんと同じことが難しいようでしたら、”人間用”の降下ロープを使っても構いませんよ」
恋敵のその発言が、アレクの癇に障ったようだ。
「気遣い無用だ」
そう言い放って、アレクは決然とドアからアバターを跳躍させる。
そうして、引くに引けなくなったわたしのアバターもまた、宙に向かって紐なしのバンジージャンプをする羽目になったのだった。




