第274話:張家界
2030年1月26日 中国湖南省・張家界
「ほ、ほんとにここで修行するの?」
どうにか膝の震えを抑えようとするものの、全く上手くいっていない。
そこは、まさに、映画『アバター』の世界だった。
切り立った岩峰が何百本も天に向かって突き刺さるように聳え立ち、遠くの山々は朝靄で淡く霞んで、どこまで続いているのかさえ分からない。
「できれば、もう少しこの絶景に浸っていたかったんだが……」
アレクも名残惜しそうに言う。
「しつこいわよ」
夢華は無下に切り捨てる。
「時間がないの。だから、とっととかかってらっしゃい」
夢華のアバターが、まるでブルースリーのように、右の手の甲をくいっとする。
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昨日、夢華から『修行の仕上げ』とやらの内容を聞いた時、わたしもアレクも耳を疑った。
張家界の切り立つ岩峰の上で、わたしとアレクと、そして夢華が、お互いアバターを操作して戦う――というのだ。
アバターだから、最悪墜落死することはない。
けれど、360度の没入感のあるVRモニター機器を装着して戦う以上、否応なくその高さを意識してしまう。
つまり、1000メートルの高度でのバトルだ。
「あなたも、それくらいの高度で、隼型のアバターを飛ばしてたんでしょ?」
確かにそうだけど……。
上昇気流に乗れば、風に任せて飛び続けることのできる鳥型アバターと、人型アバターでは操作の難易度が全く違う。
まして相手は、最強の使い手、李夢華だ。
8000メートル級のエベレストさえもアバターで踏破した彼女を相手に、どう戦えばいいんだろう。
「アバターの基本性能は、人間の個体性能の2倍にまで引き上げています。もちろん、”気”を通わせない限り、フル活用はできませんけどね」
つまり、生身で1メートル跳べるとすると、アバターだと2メートルまで飛べるということだろうか。
「ああ、そうだ。私に、いいアイディアがあります」
そういって、建峰が手をぽんっと叩く。
――なんだろう。嫌な予感しかしない。
「VRによる操作とはいえ、安全な地上から操作してたら緊迫感が足りなすぎます。それでは、いいデータなんて取れっこない。だから――」
建峰が、薄い笑みを浮かべる。
「張家界の上空にヘリを旋回させて、そこからアバターを操作しましょう。それなら、危機感をよりリアルに感じられますから」




