第273話:最後の仕上げ
2030年1月25日 嵩山・少林寺
「どうやら、多少はマシになったようね」
二週間にわたる気の鍛錬を終え、精魂尽きて床に倒れこんでいるわたしとアレクを見ながら言う。
「最後の最後で、間に合わせてくるあたり、確かに夢華の血を引いているようだな」
夢華が懐かしそうに笑う。
「わたしがあなたと引き分けたのは、上海へと旅立つ最後の日だったものね」
――そういえば、なんで夢華は少林寺を去り、上海で雑技団に入ったのだろう。
「父親との約束だったからね。いずれ、人前で舞台に立つと」
「父親って、どんな人なの?」
思えば、夢華の父親のことは、全くと言っていいほど知らなった。
「父親は代々変面師の家系だったの。『男じゃないと、家業の変面師は継がせられない』とか言ってた割に、娘には舞台に立たせたくて上海雑技団に押し込んだのよ」
「だから、アバターでも変面ができたのね」
「ま、父親は教えてはくれなかったら、見様見真似ってやつよ」
さらっというけど、夢華の才能と、裏での血の滲む努力ががあってこそのことだろう。
「シンクロ率はどれくらいなの?」
夢華は、建峰に言う。
建峰はノートPCを見せながら、ニヤリと笑う。
「おかげでいいデータが取れました」
カタカタとキーボードを打つと、アバターへと循環された”気”の量がビジュアル化され、画面に映し出される。
過去1週間、確かに日に日に気の総量が上がっているのが分かる。
”気”が見えずに苦労していたアレクも、ようやく最終日になって、ぼんやりとだけど見えるようになってきたという。
「気に触れ続けることで、退化していった身体機能を再活性化させることができる」
どうやら、その朱飛の言葉は正しかったようだ。
「ま、こんなもんかしらね」
夢華はPCを閉じると、いまだに起き上がれないわたしたちに向かって言う。
「最後の仕上げよ。張家界に出発するから、早く荷物をまとめなさい」
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――へ?
「じゃんじゃぁーじえ? どこ?」
「は?『アバター』、観たことないの?」
「『アバター』って、あの、ジェームズ・キャメロンのかい?」
アレクが聞き返す。
ああ。それなら、わたしでも知っている。
当時の世界最高の興行収入を叩きだした、ファンタジー映画の歴史的傑作だ。
夢華が頷く。
「その『アバター』の撮影が行われた場所よ」
そう言って、スマホの写真を見せてくれる。
そこには、ありえないような絶景が広がっていた。
「いやぁ、夢華が観光案内してくれるなんてね。嬉しいよ」
アレクが、急に元気を取り戻したかのように、身を起こして言う。
そんなアレクに、夢華が氷柱のような視線を投げかける。
「バカじゃないの? 修行に決まってるじゃない」




