第272話:弓矢
――まさか、ここまで歯が立たないなんて……。
蹲りながら、わたしは敗北感に打ちひしがれていた。
わたしは剣道、アレクは弓術の使い手として、素手での格闘は門外感だ。
それでも二人がかかりで、攻め続ければ、何かしらのダメージは与えらえると思っていた。
――まるで、巨岩に殴りかかっているみたいだ。
朱飛は、避けさえせずに、わたしとアレクの攻撃を全て同時に受けきっていた。
どこを殴っても、その体はびくともしなかった。
むしろ打ち付ける自分の拳や脚に、ダメージが蓄積されていく。
「攻撃が当たる寸前に、その場所に”気”を集中させて、防御力を強化してるみたい」
わたしは、同じく肩で息をしているアレクに耳打ちする。
「”気”で防御している相手に対しては、更に強い”気”を込めていない攻撃をしない限り、その壁は貫けない」
「それじゃ、気の総量が多い相手に対しては、攻撃が全く通じないということですか?」
朱飛が首を振る。
「鋭い弓矢が、なぜ壁に突き刺さるのかを考えるといい」
「尖っているから?」
「ああ、”気”を一点に集中することで、相手の防御壁を貫くことは十分に可能だ」
そう言って朱飛は人差し指を立てた。
そこに、”気”の青白い炎が揺らめく。
次に中指を立てると、炎はがそちらへと移る。
「肝心なのは、適切な量の”気”を、できるだけスムーズに移動させることだ。達人になればなるほど、そのスピードが速くなる」
――スピード?
わたしは不意に、和平飯店での食事の一件を思い出す。
神業的なスピードで、変面を行っていたあのアバターのことを。
「もしかして、”気”って、モノに込めることもできるんですか?」
ようやく気付いたのか――とばかりに、朱飛が頷く。
「ああ、それこそが循環の本質だからな」
――つまり、周囲から気を吸いあげ、それを周囲へとまた戻していくことだろうか。
「話を聞く限り、君のおじいちゃんはそうしていたはずだ。でなければ、5メートル超のアバターなど、操作しようがないはずだから」
その時。
まるで聞き耳でも立てていたようなタイミングで、道場のドアが開いた。
――あれは。
1週間前ほど前に会ったばかりの人影が目に映る。
魏建峰。
世界最大のアバター企業のCEOだ。
夢華を巡る恋敵の登場に、アレクが顔をしかめる。
そんなことないにも介しないように、建峰は得意げに言う。
「お約束のアバターをお持ちしました。お二人用に、完全カスタマイズを施したものを」




