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火と氷の未来で、君と世界を救うということ  作者: 星見航
第4章:脳と身体のはざま【2029年8月5日】
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第27話:二竿流開眼

挿絵(By みてみん)


「2時間後、誰が一番獲れてるか、楽しみね」

わたしたちの対抗意識に火をつけるように、十萌さんがいたずらっぽく笑う。水底には極彩色の魚が縦横無尽に泳ぎまわっている。


 目の前には、地元の漁師から借りてきたという、もり、網、それに釣り竿がそれぞれ並べられている。


 (もり)と言っても、伝統的な手銛ではなく、ボタンを押すと空気圧で矢を発射するスピアガンという機種だ。


 銃手のソジュンと、射手のアレクの二人は、迷わずこのスピアガンを選ぶ。

 狙撃の能力が最大限に生かせるからだろう。


 ミゲーラが選んだのは、網だ。

 網を円形に広げて手で投げるタイプで、一度に多くの魚を捕まえるのに適している。


「わたしは道具はいらないわ。素手で捕るから」

 と夢華はさらっという。


 ――夢華でも、それはさすがに無理じゃ……。

 そんな心配をよそに、夢華はさっさと海に潜ってしまう。


 わたしとエリーは、一番無難そうな釣り竿を選ぶ。

 釣りなんてやったことなかったけど、ただ、エリーと一緒にのんびりしたかったから。


 わたしたちが一通り道具を手にすると、十萌さんは言う。

「じゃ、今から2時間後、再びここで集合ね。それまでに、こっちは調理の準備をしておくから」


 バカンスのはずなのに、みんなの瞳の奥には、さりげない競争意識が芽生えている。

 なんだかんだ、負けず嫌いなのだ。


 ――よし。

 とわたしは一人心に決める。


 もう、食料調達は、他のメンバーに任せよう。



 **********



「ダメ。……ぜんっぜん釣れない」

 思わずつぶやきを漏らす。


 釣りは完全初心者ビギナーなので、予想はしていた。


 ……とはいえ、それでも1匹くらいは釣れるかなと思ってた。

 しかし現実は、かすりもしていない。


「始めてから、どれくらい経った?」

 と、サラに訊く。


「30分くらいかな。待ち合わせの時間まで、まだ1時間半あるよ」

「ま、まだそんなにあるんだ……。あー、お腹すいた!」


 ――退屈な時間が進むのがこんなにも遅いなんて。

 そもそも、勉強をはじめ、一カ所に座り続けて何かをやるということが苦手なわたしにとっては、釣りは苦痛でしかない。


 ――それにひきかえ。

 私の右隣に座るエリーに目をやる。


 右隣に座るエリーは既に5匹目を釣りあげている。


 さっきから、話しかけてもろくに返事がこないくらいに集中している。


 普段は愛想のいいエリーだけど、ときどき、こういった集中状態に入る。ダイアナを動かしているときも、本体に話しかけてもろくに返事も来なかったりする。


「あ、来た」

 エリーが不意につぶやく。

 くん、と釣り竿を持つ手首を返す。


 リールを巻きながら、少しの間、魚に水中を泳がせ、やがて空中に魚が舞う。

 これで6匹目だ。


 ――うーん、これは困った。


 二人とも釣れなければ、まだ「魚がいなかった」と言えるけど、さすがにこれでは言い訳さえできない。


 しかも、エリーもまた、釣りの初心者なのだ。

 夢華から、「なんでそんなことも出来ないの?」とまた言われそうだ。


 ――そもそも、“来た”っていう感覚が分からないのよね。


 わたし自身、さっきから「引いた」と感じても実際には何にもかかっていなかったり、かと思えば、いつの間に餌だけ奪われていたりする。


 ――もう、エリー本人に訊くしかない。


「エリー」

 と呼ぶが、返事がない。

 やっぱり、集中して周りの声が聞こえない状態らしい。


 3回目の呼びかけで、エリーが弾かれたように反応する。

「ん?あ、リンちゃん。ごめん、呼んでた?」


 まるで授業中うたたねしていて、急に先生に指された生徒のような反応リアクションだ。


 わたしは、改めて質問する。

「エリーは、どうして魚が「来た」って分かるの?」


「うーん……」

 ちょっと、ぽかんとした表情をして考え込み、やがて

「もしかして、あんまり、分かってないかも」

 と答える。


「どゆこと?」

 さすがに意味が分からない。


「たぶん、反射しているだけなんだと思う。ある種の感覚が、右手を伝わってきたら、自動的にリールを巻いたり、竿を上げているだけ」


 ――ん?

 今の話、どこかで聞いたことがある。


 反射、そして自動的。


「いや、それが難しいんだって。もっと詳しく教えて」


「剣道で刀を持つときのような感じかな。集中しているとき、刀が自分の手の一部になっているって感じることって、ない? 釣りもそれと一緒な気がする」

 エリーは続ける。


「釣り竿が自分の身体の一部であること」を意識しているの。わたしが、猫のアバター(ダイアナ)を自分自身の身体だと意識づけているようにね」


 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、か。


 たしかに、そんなことを考えたことはなかった。

 アバターは、あくまでも自分とは別の、金属製のボディーに過ぎないんだから。


 ――もしかして……。

 少しだけ、謎の一端が見えた気がした。


 わたしは試しに、エリーに尋ねてみる。

「いま、釣りを始めてから何分くらいたったと思う?」


「うーん、1時間半くらいかな?あ、もしかして、もう2時間経っちゃった?」

 とエリーは聞き返す。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ」

 錬司さんの声がよみがえる。


 ――間違いない。


 今、エリーはフローに入っていた。


 傍から見ると何の変化も見えない。

 でも、本人にとっては別だ。フロー状態でいるとき、自然と時間の流れが速く感じられる。

 それはあたかも、子どものころの遊びの時間が、一瞬で流れ去っていったように。


 そのとき、あるひらめきが頭がよぎった。

 ――もしエリーが、新たに左手にも釣り竿を持ったとしたら?


 釣り針に新しい餌をつけているエリーに、こう提案してみる。

「エリー、ちょっと2つの竿で同時に釣ってみない?」


 エリーはきょとんとした表情を浮かべる。

「え、わたしも釣りはよく知らないけど、普通、二竿は持たないんじゃ…」


「だってエリー、剣道のときも二刀流じゃない。釣りも二竿流ってことで」

「まあそうだけど……」


 戸惑うエリーに、無理やりわたしの釣り竿も持たせてみる。


 数分後。

 再びフロー状態に入ったエリーが呟いた。


「あ、両方来た」


 エリーは、右と左の竿を見事に使い分け、しかも同時に二匹を釣りあげるという離れ技をやって見せた。あたかも、ブレインウェーブバトルで、二刀流を自在に使いこなしたように。


 ――やっぱり。


 エリーは、フローの範囲を釣り竿にまで広げることで、釣り糸から伝わる魚の微細な動きを感じ取り、ほとんど反射的に釣りあげている。


 フローの範囲が、モノにまで広げられるとすれば……。

 武器やアバターにまでフローを広げることで、その先の敵の気配まで感じ取り、"反射"で迎撃できるはずだ。


 それこそが、武道の達人たちの言う「自然体」の本当の正体なのかもしれない。


挿絵(By みてみん)

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