第262話:門番
「これが硬気功よ」
夢華が木の幹に刺さった二本の指を抜くと、そこには深い穴が穿たれていた。
もし、これが人体に向かって放たれたら…。
狙いどころによっては、即死だろう。
――日本でわたしと対戦したときの夢華は、全く本気じゃなかったんだ……。
「”気”って、いったい何なの?」
マンガであやふやなイメージはあるけど、正直それが何なのかは分からない。
「それを聞くのには、もっとふさわしい相手がいるわ」
そう言って、夢華は広大な敷地の奥へと足を踏み入れていく。
辿り着いたのは、二人の大柄な門番が立つ、色鮮やかな赤色の門だった。
屋根の瓦の隙間からは、ところどころ草木が茂り、それが逆に歴史の風格を感じさせる。
左側の男はまだ二十歳足らずで、右手の男は幾分年上の三十代の半ばくらいだろうか。
二人の手には、身長ほどもある、使い込まれた木の棍が握られている。
「此门之内,严禁入内!」
左の門番が、何かを中国語鋭く叫ぶと、木棍を夢華に向ける。
――な、何て言っているんだろう?
わたしは、スマホでサラの同時翻訳機能をオンにする。
「新入りね」
夢華がじろりと睨む。
「朱飛師兄につないで」
「は? 朱飛大師が、貴様たちのような見ず知らずの奴らに会うわけないだろう?」
左の男が哄笑する。
だが、右側の男が、夢華の顔をまじまじと見て、さっと顔色を変える。
「まさか、李……夢華様ですか?」
夢華が軽く頷くと、左の若い門番が、驚愕の表情を浮かべる。
「え!?朱飛大師と、互角に渡り合ったという、あの!?」
こちらに向けた木棍の先が僅かに震える。
「それは誤解ね。わたしが互角に戦えたのは、最後の一試合だけ。数百回の手合わせの内のね」
――え!?
じゃ、その朱飛という人は、夢華が数百回負けた相手ということだろうか。
「お、お繋ぎしますので、少々お待ちください」
そう言って、年上の男が門の奥に向かって駆けていく。
残された若者は、しばらく呆気に取られていたが、やがて意を決したように口を開いた。
「俺と、戦ってくれませんか?」
「は?」
――何であなたと?とばかりに、夢華が冷たい視線を送る。
「李夢華に勝ったとなれば、きっと朱飛大師も認めてくれるはず……」
そう、自分自身に言い聞かせるように呟き、男は木棍を構える。
夢華は、面倒くさそうに溜息をつく。
――刹那。
夢華の右足が宙に跳ね上がり、男の木棍を蹴り上げた。
蹴りの衝撃で、木棍の先端が半回転し、そのまま男の頭に直撃する。
自らの棍の直撃を喰らった男は、そのまま、あおむけに地面へと倒れこんだ。
意識を失った男に、夢華が吐き捨てる。
「千年、早い」




