第261話:硬気功
「え、ここが、少林寺……?」
その入口に立った時、わたしは思わず呟いてしまう。
霊山に立つ、人里離れた武術の聖地。
そんなイメージをもっていたのに、目の前の光景は真逆だった。
世界各地から来た観光客で埋まり、彼ら向けに、ド派手な演武が繰り広げられている。
ちょっとしたエンターテイメント施設といっても、過言ではない。
「ブルース・リーや、ジェット・リーなんかの映画で、その名が知られたのをきっかけに、1990年代から少林寺は商業化に踏み切ったの」
武道を志すものとして、当然その名前は知っている。
特にブルース・リーは、当時白人中心だったハリウッドで、アジア人として初めて大作映画の主演を務めたことで、その後のアジア人俳優の道を切り開いたと言われている。
アレクも言う。
「『燃えよドラゴン』は、武術映画の傑作だよ」
「彼は、武術家としても超一流だったけど、プロデューサーとしても天才的だったわ。早逝していなかったら、間違いなく時代を変えたでしょうね」
観光客から拍手と歓声が沸き上がる。
見ると、年かさのいかない少年が、残像ができるくらいの高速バク転を繰り返している。
「ま、実際に敵と対峙したら、あんな派手な動きは取らないけどね。ただ、あれができるようになるために、日頃から血の滲むような訓練をしていることは確かよ」
そういいながら、夢華は人だかりのできている木を指す。
その木の幹には、水面を穿つ渦巻のような、無数の穴が開いている。
「あの穴って、何?」
「先人たちの、指功の跡ね。硬気功の一種よ」
しこう?
こうきこう?
戸惑うわたしを見て、夢華は短く息を吐く。
「見せた方が早いかもね」
そういって、夢華は、その隣の木の前に立つ。
「私の”気の流れ”を感じなさい」
夢華は左の掌を広げ、右手の人差し指と中指をそこに押し立てた。
深く息を吸い、目をつぶると、「はぁぁぁぁぁぁぁぁ」と長く息を吐く。
何も見えない。
けれど、ある種の波のようなものが、夢華の右の二本の指に集中していくのを感じていた。
――もしかして、これが、気?
鼻から吸い、口から長く息を吐く。
繰り返すたびに、夢華の二本指に気が蓄積されていくことが感じられる。
それを三度繰り返した時。
「破ッッッッッッ!」
裂帛の気合とともに、夢華の二本の指が、樹の幹に向かって叩き込まれる。
幹が揺れ、ぱらぱらと葉が落ちる。
夢華の二本の指は、まるでナイフか釘でも打ったかのように、鋭く樹に突き刺さっていた。
「これが硬気功。少林寺武術の奥義の一つよ」




