第260話:化身としてのアバター
「仏像って、なんだかアバターみたい……」
廬舎那仏を見ているうち、ふと、三式島でおじいちゃんが動かしていた、巨大アバターのことを思いだした。
それを聞いた夢華が、わたしのことを見つめ返す。
「ご、ごめん。なんか不謹慎よね。仏様をアバターだなんて……」
怒られるかと思って、ちょっと身構える。
でも、彼女の反応は、意外なものだった。
「いや、むしろ正しいと思うわ。そもそもアバターって、サンスクリット語のAvatāra――つまり、化身って意味だもの。インドでは、シヴァ神が地上に降りるとき、人や動物の姿をしていたと伝承されているから」
「え、そうなの!?」
――てっきり、ゲームでユーザーが使うキャラを指しているのかと思っていた。
「ま、それも現代的な化身の一つね」
そう言って、廬舎那仏を見上げる。
「かつて、姿を完全に変えることは、神の特権だった。それが、デジタルの世界でいくつものアバターを持つようになり、さらには現実世界でも脳波でアバターを操れるようになるなんて、昔の人が見たら、神の御業だとでも思うかもしれないわね」
淡々と話す夢華を見て、わたしはふと問うてみたくなった。
「夢華って、神様を信じてるの?」
誰よりも自分に自信を持っているように見える彼女は、自分以上の存在を信じているのだろうか?
一瞬、沈黙が流れた。
そして、少しためらうように、彼女は口を開く。
「昔は、自分以外のものは信じていなかったわ。けれど今は、人知を超える存在を、否定しきれないとも思っている」
アレクはピンと来ていないようだけど、わたしはなんとなく分かる気がした。
わたしももともと、宗教を信じているわけではなかった。
けれど、今は少し違う。
「自己相似構造は、人体にも、そして宇宙にも存在しているんだ」
つい数日前、モロッコのバイア宮殿で、そう星が教えてくれた時――。
わたしはふとこう思ってしまった。
この世は、人が生み出した科学の常識では説明できないことが、あまりに多すぎる。
そして、他者がそれを『神の御業』と呼んだとしても、何ら不思議はない気がする。
『練司さんが言っていた、一切即一――全体の中に個があり、個の中に全体があるという考えも、それに近いのかもしれないわね」
そう言って、夢華は踵を返した。
「さあ、そろそろ行きましょう。少林寺に、その答えの一端があるかもしれないから」




