第259話:金剛力士と廬舎那仏
「ここが、奉先寺洞。私の一番好きな金剛力士像もここにあるの」
岩壁に刻まれた金剛力士像は、筋骨隆々の肉体を誇示するかのように立っていた。
その双眸は、人の心に巣くう邪気を射抜くように鋭い。
――なんだか昔、似たような像を奈良への修学旅行で見た気がする。
確か、運慶とか快慶とかの木彫りの像だったような……。
もちろん、こっちの方が遥かに大きいけど、そこには確かな文化的に共通点を感じる。
「もともと仏教は、インドが源流だからね。シルクロードを渡って中国に伝来し、それが日本に伝わったものだから、何の不思議はないわ」
源流‥‥‥。
わたしは、夢華の横顔を見る。
去年の夏、三式島で、父から、夢華が異父姉妹であることを聞いて以来、ずっと気になっていることがあった。
彼女は、一体、どうやって育ってきたんだろう。
夢華は、わたしと半分は同じ血のはずなのに、性格も能力も、ほとんど真反対だ。
周りに流され続けてきたわたしに対し、夢華は確固たる意志を持っている。
まるで、わたしたちを睥睨するこの金剛力士像のように、揺るがない意識を。
「この金剛力士像は、盧舎那仏を守る存在だとされているの。言わば、門番ね」
――ついてきて。
そう言って、夢華が奥へ向かって歩いていく。
はぁぁぁぁ。
わたしとアレクは、ほとんど同時に溜息をついた。
そこに鎮座していたのは、さっきの金剛力士とは打って変わって穏やかで深遠な笑みを湛えた、15メートル超の廬舎那仏像だった。
丸みを帯びた頬、半眼の目は、悟りの境地を静かに示している。眉は緩やかな弧を描き、鼻梁は高く、唇は柔らかく閉じられている。まるで全てを見通し、受け入れる慈悲の視線だ。
わたしは思わず、両手を合わせた。
すると、夢華もまた両手を合わし、目を閉じて礼をしている。
アレクはそんなわたしたちを見て、どうすべきか迷っているようだ。
キリスト教のはずの彼が、軽々に他宗教の偶像に祈りを捧げるわけにはいかないのかもしれない。
でもやがて、意を決したように、夢華に倣うように両手を合わせ、礼拝を行う。
――あら?
夢華が、意外そうに、そんなアレクの姿を見る。
少し苦笑しながらアレクが言う。
「仏教に対しての祈りじゃない。人類史に残る、この壮大な美術作品を残した先人たちに対しての、敬意を込めただけさ」
ツンデレの夢華にしては、珍しく、アレクにやわらかな微笑を投げかけた。
「いいんじゃない? そうやって、異なる文化は少しずつ分かりあえて行くものだから」




