第258話:龍門石窟
「少林寺って、どうして嵩山って場所に作られたの?」
飛行機の中で夢華に尋ねると、少し考えながらこう答えてくれた。
「洛陽に近かったっていうのが、最大の理由ね。洛陽は、あの頃の政治と文化の中心だったから」
――洛陽って地名は、世界史で聞き覚えがある。
サラに尋ねてみると、瞬時に答えてくれた。
「洛陽は、中国の『十三朝古都』と呼ばれている。夏王朝に始まり、商、周、漢、魏、晋、隋、唐などの歴代王朝の都となった、中国随一の都市なんだ」
唐と言えば、あの遣唐使の終着点として、『マンガ日本の歴史』にも出てきたから覚えている。
「当時は、日本だけじゃなくて、様々な国の人が集まっていたわ。今の日本や韓国だけじゃなくて、東南アジアやインド、ウズベキスタンから、さらにペルシャまで。シルクロードで遥々ね」
今でいう国際都市の先駆けみたいなものなんだろう。
アレクも会話に入ってくる。
「洛陽の近くに、確か、有名な石窟があったよね?確か、ドラゴンゲートかとかいう……」
「ああ、龍門石窟のことね。あそこには1400の石窟と、10万体の仏像があると言われているわ」
――じゅ、10万体?
桁が違いすぎて、思わず聞き返してしまう。
「まあ、北魏から北宋まで、ざっと600年以上にわたって作られ続けていたからね」
「いやぁ、生きてたらアントニ・ガウディ―も見たがるだろうなぁ」
目を輝かせながらアレクが言う。
さすがにガウディ―なら知っている。
百年以上経ってもまだ未完成の、聖家族教会をデザインした天才建築家だ。
そんな彼でも、600年と聞いたらきっと驚くに違いない。
夢華が、アレクをちらっと見て、軽く溜息を吐く。
「行ってみたいなら、素直に言いなさいよ。龍門石窟から少林寺は、50kmくらいの距離だから、途中で立ち寄ってもいいわよ?」
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2030年1月7日 中国・河南省 龍門
遠目からみた龍山石窟は、まるで巨大な蟻の巣のようだった。
左右に伸びる石窟に、無数の空洞が穿たれ、黒点を描いている。
けれど、そこに向けて歩を進めれば進めるほど、そのスケールを実感する。
黒点にみえた洞穴は、腕が何とか入るくらいのものから、高さ30メートルにのぼるものまで、様々だ。
「ここに、十万体もの像が収められているんだね」
――それにしても、それだけの数の像を、どうやって彫り分けているんだろう。
同じ像を、何パターンも作っているんだろうか?
素朴な疑問に、夢華が答えてくれる。
「仏様や神様だけでも、如来、菩薩、天部などの種類があるの。仏像以外にも、獅子や象なんかの動物も彫られているわ」




