第257話:達磨大師
「それって、あの”少林寺拳法”の、少林寺?」
わたしの問いに、夢華がちょっと考えるそぶりをする。
「うーん、微妙なところね」
「中国の少林寺は、中国河南省登封市嵩山に創立され、そこでは『少林功夫』と呼ばれる武術が発達したの。一方で、『少林寺拳法』は、1947年に、かつて満洲で暮らし日本人の中野宗次郎が生み出した、日本発の流派よ。だから、多少の影響はあれど、直接の繋がりは薄いわ」
――そ、そうなんだ。
てっきり、少林寺拳法は、その名の通り、中国の少林寺発なのかと思ってた。
「でも、なんで、仏教のお寺で武術が生まれたの?」
平和を願うはずのお寺と、相手を打倒する武術のイメージが上手く結びつかない。
「達磨って、知ってる?」
「あの、日本のお正月とかで飾ってる、丸っこいヤツ?」
「そう。あのダルマのモデルとなった人よ。6世紀末に、インドから来た達磨大師が、心身の健康のための運動や瞑想的な要素を取り入れたの。それが今の少林武術の基礎になったと言われているわ」
アレクも会話に入ってくる。
「達磨大師って、9年間ずっと壁に向かって座禅し続けたていう、伝説の人物だよね?確か、鎌倉の禅寺の住職から聞いた気がする」
「そう。達磨が”功夫の原型”を生み出した頃は、まだ、”運動”の域を出ていなかった。でも戦乱の時代にはそれだけでは生き抜けない。その後の唐の反乱軍との戦いなどを経て、徐々に武術的要素を強めていったの」
夢華は、壁に立てかかっているアバターを見やると、アバターがすっと立ち上がり、功夫の構えを取る。
「更に、宋から明にかけて、功夫、棍術、剣術を組み合わせた武術体系が完成され、現在では、武術の聖地としての地位を確立したの」
アバターの鋭い三段突きが空を裂いたと思いきや、右足が弧を描きながら体が反転し、旋風脚を放つ。
――思ったよりも、遥かに壮大な成り立ちに、圧倒されかける。
でも多分、そこまでしなければ、夢華には一生追いつけないだろう。
「分かった。わたし、少林寺に行く」
アレクも乗ってくる。
「もちろん、私もね」
そこになぜか、建峰も追随してくる。
「私は、こっちで一仕事した後、合流いたします。皆様にぴったりのアバターをお持ちしてね」
恋敵の発言に、アレクがあからさまに嫌な顔をする。
……とはいえ、建峰がいなければ、アバターそのものが手に入らない以上、邪険にもできない。
そんな思惑を知ってか知らずか、夢華が平静な顔でいう。
「じゃ、決まりね。今夜は、この和平飯店にみんなの宿を取ってあるから、明日の朝、洛陽に向けて出発しましょう」




